「零の刻」その13

それでもやはり胃は痛む。
もちろんベントーのせいじゃない。
内から己を食い尽くそうとする心の奥のストレスが原因なのだ。
ハルミドオリに戻って、ギンザの一角を目指した。
そうこうしているうちに、陽は落ち、周囲は闇に包まれていき、通りの至るところに、長くのたくった漢字や英語のネオンがひしめき、微かに燃えるように煌くさまは、電子の森といった風情すらある・・・
とはいえ通りには、まだスポーツシャツにジーンズといったジョギング姿の人々や、灰色のスーツに身を包んだサラリーマンといった普通の人達も目に着く・・・
フォーチュネイトは立ち止まり、Fの形を思わせる街灯にもたれかかりながら、この場所に想いをはせた・・・
ここは性に金、酒、にとりつかれた人々が集う世界でも有数の場所といえよう・・・
数時間前、木造の寺院に座し、パイン材の感触を感じ、精神の奥底の砂に星の光、そしてそれによって産み出される河というものに想いをはせながら、己に言い聞かせた・・・
こころの奥底に埋もれたものに目をむけねばなるまい、覚悟を決めるのだ、と・・・
「ガイジンサン、若い娘いるよ、どう」
振り返ると、それはピンクサロンの勧誘の声だった、そこは上半身を顕わにしたジョーサン(娘)を相手に時間を区切り浴びるようにサキ酒を飲む場所だという・・・
膝の上に腰掛け、腰を優しく撫でさすりながら手を回し、家庭に帰り着き待ちわびている、妻の代わりを務めるという・・・
ならば、フォーチュネイトは己に再び言い聞かせた。
これは彼にとっても先触れと呼べるものであろう、と・・・
30分分として三千円を支払い、暗い回廊に脚を踏み入れると、柔らかい手が彼の手を取って、下に導いていった・・・
その先の暗い部屋はテーブルとカップルで満たされている・・・
ビジネスの話をしているものもいるようだ、
そういった声を耳にしながら、部屋の奥まったところ、パイン材の低いテーブルに、脚のない木の椅子が下に差し込まれた一角に案内され、そこに腰をおろさせた・・・
そうして歓喜とともに膝の上に腰掛け、キモノの裾をはだけ、腹部の下を顕わにした・・・
その女性は小柄で、顔に塗ったパウダーの匂いに、ビャクダンの石鹸と微かな汗の匂いが感じられる・・・
フォーチュネイトは、両手をその顔に延ばし、顔に触れ、指で顎の線をなぞってみたが、その娘は関心を示さない・・・
「サキ酒はいかが?」そう尋ねてきたが
「いやいい」と英語で返してから、
「イイエ、ドウモ」と日本語で言い直した。
指で首筋から肩の筋肉をなぞり、キモノの裾に手をかけ引き下ろし、軽く腰を撫で、乳輪には強めに触れてみた・・・
女は気に障るくすくす笑い声を立てて、片手を上げて、口を隠し恥じらいを示したが、フォーチュネイトは構わず、腰の間に顔を埋めて、肌の香りを吸い込んだ・・・
それは世界そのものの芳香に思える、顔を背けるか、受け入れるしかない・・・
もはや抗う術などありはすまい・・・
顔を引いて、そっと口づけをした、硬く尖ったものを感じたが、またくすくすと忍び笑いを浮かべている、日本では唇を交わすことをセップンと呼び、特別な意味を持つという・・・
10代の若者や外国の人間でないと容易には行われない行為なのだ・・・
再び口づけを交わすと、己の内に苦しみが強く感じられ、互いの間に電流が駆け巡ったように感じられると、女は忍び笑いを止め、震えおののき始め・・・
その震えはフォーチュネイトにも伝わって、クンダリーニの蛇が、己の中で再び息を吹き返すのを感じ、己の腰で蠢き、脊椎を伝わって己の内にあるものをゆっくりと解き放ち始めた・・・
何が起こっているかを理解しないまま、女は
その小さな手でフォーチュネイトに触れ、首筋に添えて、舌同士を軽く合わせ、次に顎と目に沿わせていった・・・
そこでフォーチュネイトはキモノに手をかけ、その帯を解き放ち、女の身体が軽くなるのを感じながら、持ち上げてテーブルの角に乗せ、
女の脚を己の肩の上に担ぎ上げて、舌とともに彼女の内に押し入ると、エキゾチックな芳香とともに、フォーチュネイトの下で女は生気を強め、熱く湿った腰を動かし始めた。
頭を前に屈めさせ、腰を動かしながら、肩、そして首筋に口付けをすると、女は軽く呻いた。
込み合った店内にも係わらず、互いの熱以外は感じられないまま、その瞬間が訪れた・・・
闇の中ではわずかなものしか見えはすまい、
そんなことを考えながら、なだらかで均整のとれたその顔の輪郭を見て取ることはできたが・・・
そうしている内に、目だけが際立ち、ピンクサロンの闇にその姿が溶け込んでいって消え去るように感じられ、その娘を求める気持ちが強くなるのを感じ・・・
再び押し倒し、呻くのを感じながら、再び内に押し入っていくと、フォーチュネイトの肩に爪を立て、目はもはや焦点を失っていたが・・・
フォーチュネイト自身はそこに世界を感じていたのであった・・・
捨て去ろうとした力が灼熱の溶岩のように己の中に沸き上げってくるの感じながらさけんでいた・・・
Yes Yes Yes(嗚呼これこそそれなのだ)と・・・