ワイルドカード4巻第13章ザヴィア・デズモンドの日誌よりⅥその1

[[]]          ザヴィア・デズモンドの日誌より
                     G.R.R.マーティン 
                1月16日 エチオピア、アジス・アベバ

          病巣とも呼ぶべき大地における・・・つらい一日でありました。

地元の赤十字代表に促されるまま、飢饉の救済活動の数々を目の当たりにしたのです。
もちろん到着するずっと以前から旱魃と、それによる飢餓は聞き及んでおりました。
とはいえTVで見るのと、実際にその渦中にあるのは自ずから異なっているといわざるをえませんでした。

この日わたしは己の不明と短慮を恥じておりました、なぜなら癌に蝕まれた身体が、かなり体重を失っていることに気づかず(疑いなど微塵ももたない友人からは、えらく見栄えがよくなったじゃないかなどと言われたものでした)そのまま人前に出てしまったのです。

しかしそんなことは些細なことにすぎませんでした。
多少やつれたところで小腹は膨らんだままであったのですから、それは単なる自意識の所産に過ぎなかったのです。
アジス・アベバのホテルまで飛行機でもどるわずかな間でさえ・・多くの人々が
餓死していくのを目にしながらも、送迎会には、エチオピアの珍味が並べられていたのです、その罪の意識たるや甚大であり、無力感で打ちひしがれるに充分のものでありました。
それは我々全員に共有のものであり、ハイラム・ワーチェスターの感じたものたるやわたしの想像の及ぶものではなかったのでしょう、被災者の間にその巨体で暗い影を落とし座していたハイラムは、病んだがごとく身震いして突然立ち上がると、滝のごとく汗を流しながら、蒼白な表を歪めつつ、重力を操る能力を用いて、運んできた備蓄食料を降ろしてのけたのでした。

そうして様々な人々が救援活動に従事しながらも、無力感はいやますばかりです。
難民キャンプには骨と皮ばかりにやつれ、腹部が大きく膨れ上がった、希望のない瞳の子供たちが現実にあふれかえり、焼けて干上がった大地に激しい熱波が注ぎつづけているのですから。

それだけではありません、それから起こった出来事は、私に残された時間の限り、拭いがたくこころにとどまることになったのです。
死に瀕したコプトの十字を首に架けた女性が、ファザー・スキッドから洗礼を受けるところを、ペレグリンとカメラマンがドキュメンタリーとして撮影したときのことでした、ちなみにのちにペレから聞いたのですが、彼女は気がとがめて朝食をぬいていたとのことでした。

そこに17歳か18歳くらいの、若い母親が現れたのです。
あばらは数えられるくらいに浮き出ており、瞳は老婆のごとく年老いた太古の光をはなっており、そのしなびた胸に赤子を抱えていたのですが、その赤子はすでに息絶えており、死臭すら漂わせていたのですが、決して離そうとはしませんでした。
そこでDr.タキオンが彼女の精神をコントロールして落ち着かせ、抱きしめるそのかいなを優しく開かせて、救援活動をしている一人に赤子の身体を手渡させてから、タキオン自身は大地に腰を落とし、身体を震わせて、啜り泣きはじめたのでした。

そこでともに涙を流していていたミストラルが、難民キャンプにとってかえして、
青と白からなる飛行用のコスチュームを取り出し身にまとったのです。
彼女は確かに若いですが、強大な力を持つエースの一人です、何かができると考えたのでしょう。
風を呼び起こすと、大きなケープがその身体に巻きつき、手首と足首のバルーン状の物体がパラシュートのように広がり、ミストラルの身体を大空に舞い上げさせたのです。
ジョーカーすらも難民たちに立ち混じって、奇異な目を向けられることなく、空を
おし仰ぐ中、ミストラルの飛ぶさまをほとんどの、いやすべての人々が固唾を呑んで見守っていましたが、高く、青空にまぎれてしまったころには、彼らの瞳には、絶望と無力感が立ち上っていました。
おそらくミストラルは、己の風を操る能力で、雲を動かし、雨を降らせて、大地を潤せると夢見ていたのでしょうが、その夢は幻となって立ち消えてしまったのでしょう・・
つむじ風を巻き起こして、ミストラルは戻ってきました。
憔悴しきり、そのまだ若い顔は、埃と砂と絶望にまみれ、瞳は赤く膨れ上がって敗北感がにじんでいるようですらあったのです。

その失意を裏書するような事件がおこったのは、ミストラルたちが去ってすぐあとの
ことでありました、背の高い、頬ににきびをつぶしたあとのある若者が、狂乱(バーサーク)のうえ、仲間の難民を襲い、眼球を抉り出して、不可解な目を向ける人々の前で、たべてしまったというのです。
その少年に我々は以前会ったことがありました。
ミッションスクールに通う少年で、片言の英語しか話せはしませんでしたが、健康でしっかりした若者に
思えたものでした。
ミストラルが空に舞い上がったときのことです、彼は飛び上がるしぐさをしてこう叫んだのです、
            「ジェットボーイだ」と。
それははっきりとした強い声であり、ファザー・スキッドとハートマン議員は対話を試みましたが、「チョコレート」「テレヴィジョン」「ジーザス・クライスト」といった片言の名詞くらいしか英語を解さないため徒労に終わりはしましたが、生命に溢れた様子で、ファザー・スキッドを見つめて、手を差し出し、顔にぶらさがった触手をつかみ、手を貸しに来たと肩を叩いて話す上院議員に微笑んですらみせたのです。
それなのに、言外の言葉を交わしたと信じたその少年が凶行に及び、やせこけた頬を血に染めて、叫びながら連れ去られたと聞いたときのショックは小さくないものであったのです。

その日の午後、内密にアジス・アベバに戻ると、運転手によって埠頭の、2階建ての救援物資の乗せられた船が停泊している場に案内されると、ハートマン議員は冷たい怒りに包まれたようでした、おそらく飢えた人々をだしにして、政府が私腹をこやしているのでしょう、わたしは祈らざるをえませんでした・・何に対して祈ったのでしょうか・・・神に対して・・・だとすれば祈るに値する神は存在するのでしょうか・・こんな胸の痛むことばかり起こしてみせる神というのはいったいいかなる存在だというのでしょうか・・