ワイルドカード5巻第14章おうさまのおうまもⅥその7

               おうさまのおうまも・・・Ⅵ

                 G.R.R.マーティン 

ジョーカータウンクリニックの待合室は混み合い、わずかに立つスペースが残されているのみ。
トムはスーツケースを壁にもたせかけて、その上に腰掛け、ショッピングバッグ
を脚の間に引き寄せ、抱え込んだ。
そこにはモジュラーマンの血まみれの首が入っているのだ。
騒々しく暑苦しい室内は錯乱した人々で満ち、隣の部屋からは痛みを訴える叫び声が響いてくるが、トムは必至にそれらを頭からしめだそうとし、うつろな目で壁のタイルをみつめながら考えないようにつとめた。
顔を覆うカエルのマスクの中に汗が滴り落ちていく。
そこで30分も待っていると、フェルトの帽子を被り、長い牙を備えたアロハシャツを着た太ったニュースボーイ(新聞売り)が両手一杯の新聞を抱えて現れた。
そこでトムは、ジョーカータウンクライ紙を買って、スーツケースの上に腰掛け直し、読みはじめた。
各々のページ、各々の記事、一語一句に目を凝らしていると、戒厳令の詳細、タイホイド・クロイドと名づけられたクロイド・クレンスンという男を狩り出すための封鎖であったということがわかった。
彼に接触したものは再びワイルドカードを引くことになるのだ、街が恐怖に包まれたのも当然だろう。
Dr・タキオンが関係者に語った話によると、変異したワイルドカードとも呼べるもので、安定したエースであろうとジョーカーであろうと、そのウィルスの影響を変えてしまうものであるという。
タートルならば何とかできるだろう、そう思えてきた。
警察に警備隊、いかなエースが捕らえようとしても、感染して死に追いやられる危険があるがタートルならば、完璧なまでの安全な状態で容易に捕らえることができるだろう。
シェル内部ならば堅固な守りに覆われているし、TKを使えば近寄る必要もないが、
シェルがなければ、タートルなど死んだも同じだろう、ただそれだけなのだ。
ホランドトンネルの騒動で、63人もの人々が負傷して治療を待っており、物損はおそらく百万ドル以上だろうとのことだった。
タートルならば誰も傷つけることなく介入できる、時間をかけて話しかけることで恐怖を和らげ、手にあまるようならTKで実力行使という手もある、催涙弾や拳銃など必要ないのだ。
アンチジョーカーという名のもとの暴力が街のいたるところで行われたと報告されており、2人のジョーカーが生命を奪われ、12人を超えるジョーカーが投石や殴打によって病院送りとなり、ハーレムにも略奪が及んだとのことだった。
ジョーカーたちの拠りどころであるジーザスが奉られた祈りの場も放火され、かけつけた消防隊員たちに犬の糞や煉瓦すら投げつけられたのだ。
レオ・バーネットは苦悩する魂のための祈りを口にしつつも、公共の福祉の名の下に、隔離を呼び掛けすらした。
Squisher*`s Basementスクイッシャーズ・ベースメント(観光客向けでないジョーカー専用の歓楽施設、この場合の「スクィッシャー」には潰され歪められたもの、という意味合いで「ジョーカー」を指す隠語であると思われる、「ジョーカーの穴倉」といった意味合いの店名)にコロンビアから来た二十歳の女子大生がつれこまれ、犯人によって玉突き台の上で強姦されているのを、12人以上のジョーカーがキュー置き場の陰で見ており、そのうちの半数ははじめに手を出した男がことを終えるのを順番を待って列をなしていたとのことだった。
誰かがこの女とやると、歪んだ身体が元に戻ると囁いたというのだ。
タートルは死に絶え、残ったトマス・タッドベリが8万ドルの詰め込まれたスーツケースにしがみついて腰を落ち着けているうちに、世界はどんどん狂った方向に向かっていってしまったのだ。
おうさまのおうまもけらいも右往左往・・けしてもとには・・そんな言葉をぐるぐると頭によぎらせながら三面記事を読み終えた頃に、黒い影を思わせるがっしりした体格の黒人看護婦から声がかかった。
見上げると、車から警官を降ろし、運ぶのを手伝ってくれた人だった。
「ドクター・タキオンがお待ちです」
あとに従って救命室の小部屋に入ると、鉄のデスクの前にくたびれ果てた表情のタキオンがすでにかけている。
「彼の容態は?」看護婦がいなくなってから尋ねた。
「生きてるよ」緑に縁取られた藤色の瞳が、トムの着けているゴムマスクを見つめている。
「こういう場合は、報告することが法で義務付けられている、後で警察から尋ねられるだろうからね、お名前を伺いたい」
「トマス・タッドベリだ」そう答え、マスクを取って床に投げ捨てた。
「タートル」驚きのあまり立ち上がって思わずその名を口にしたのだ。
タートルは死んだはず、おそらくそう思ったのだろう、口にだしはしなかったが・・・
タキオンは表情を曇らせて尋ねてきた。
「トム、何があったんだ・・」
「ながい・・いやな話さ、頭に侵入して覗いてくれていい、口にするのもいやなんだ」そう答えタキオンを思わしげに見つめていると、異星からきた男はたじろいで再び腰を下ろし落ち着こうとしているようだった。
「すくなくともアストロノマーの爺さんは、半面教師として善と悪の違いは教えてくれたはずだったというのに」そう話すトムの言葉に
「名前を知られたんだね」とタキオンが応じた。
「僕の名の一つにすぎないんだけど、まずいことにかわりはないよね」そして続けた。
「だからあなたの助けがいる」タキオンは、トムの精神に接触したまま、鋭くトムを見返して答えた。
「それはできない」
トムはデスクに手をついて身をのりだし、小さく見えるタキオンに畳み掛けた。
タキオン、あなたは僕に借りがあるはずだよ、もし手を貸してくれなければ、僕は自分で自分の生命を絶つしかなくなるからね・・」と。
そう他に道などありはしないのだ・・・


*尚「スクィッシャー」には突然現れて驚かし、打ち据える、という「通り魔」的な意味合いもあるという・・・