ワイルドカード5巻第10章その2

               おうさまのおうまも・・・Ⅳ
                 G.R.R.マーティン 

ジョーカータウンを通るときはいつも気が滅入る。
上空ですらそうなのだ、歩いて通るとなれば尚更だろう。
ファンハウスは、まともな人間や警官ならばさけて通るバワリーの右側にある。
そもそもギャングの抗争も、バワリーに点在しているジョーカーキャバレーから端を発したのだ。
それでも観光客も来るし、パトカーも来ないわけではない、そういったナットが落としていくマネーが、ジョーカータウン経済の血脈であるわけなのだが、抗争のおかげでそれも途絶えがちなのだろう。
常ならば、こんな時間は、不恰好なカエルのマスクを被った男が通ったところで、歩道の混雑にまぎれて目立たないはずだったのだ。
2本離れた通りまではさほど違和感は感じなかった。
これまで散々TVでジョーカータウンの惨状は見てきたし、こういった側面もあるのだろう、などと20時間前まではそんな風に単純に思っていたのだ。
昔日には、ファンハウス前の歩道といえば、興行帰りの客目当てのリムジンがたむろし、雑然としていたものだった。
それが今夜は1台もとまっておらず、寂しいばかり。
入り口にしたところで、ドアマンもおらず、止められることなくあっさり中に入れた。
二重ドアを押してくぐると、百通りのカエルの顔が見返してくる、ファンハウス名物として名高い銀メッキの施されたミラーの間だ。
ステージの上には、野球ボール大の頭部を、小石を敷きつめた皮膚のぶらさがった、バグパイプのじゃばらを思わせる膨れ上がって空っぽに見える胴体にのっけた男がおり、悲しげな音楽が流されまるで壁中から染み出して空気を満たしているかのようだ。
トムは家令を思わせる案内の男が現れるまで、とりつかれたようにその男をみつめてしまっていた。
「テーブルにご案内しましょうか?」丸い胴体に短い脚というペンギンを思わせる体型のベートーベンのマスクを被った男が声をかけてきた。
ふとわれに返ったトムは、「ザビア・デズモンドに会いたい」とマスクごしにくぐもった声で要件を告げた。
「ミスター・デズモンドは数日前にお戻りになられたばかりでして」
男は誇らしげに付け加えた。
「ハートマン議員の視察旅行に代表団の一員として参加しておられました、ですから帰国後もいささか雑務におわれておいでなのです」
「そりゃたいへんだ」トムの応えに男はうなづいて後尋ねた。
「どなたということでおとりつぎいたせばよろしいでしょうか?」
トムは考え込んだのち思い切って応えた。
「友人さ・・古い友人が訪ねてきたと、伝えて欲しいんだ」