ワイルドカード5巻第10章その3

               おうさまのおうまも・・・Ⅳ

                 G.R.R.マーティン 

男が去って後、トムは一人で取り残されたが、デズはすぐに現れ、ゆっくりとデスクについた。
本来鼻のあるべき場所にぶらさがったピンク色のそれの下の薄い唇は、堅く引き結ばれており、直接会った感想としては、TVに映った彼より、より年老いて見え、いかな病ゆえか、皮膚が彼の服同様にたれさがっていて、その瞳には、痛みが焼き付けられているかのようだった。
「視察はどうでした?」トムの問いかけに対し
「くたびれただけですよ」デズが応える。
「世界の貧しさ、苦しみ、憎悪をまざまざとみせつけられました。
そういった暴力のうねりに対し、やきもきするだけにすぎなかったのは、新聞で報ぜられた通りですよ」
そういって鼻を持ち上げ、その先端の指で、トムのマスクの表面を軽くなぞってのち、再び口を開いた。
「これは失礼いたしました、古い友人とのことですが、私はあなたと面識がないようですね」
「顔は見えないだろ」トムが慌てて言いつくろう。
デズは弱弱しく微笑んで応えた。
「ジョーカーというものはね、表に現れたものではなく、隠された真実を知るべく学ぶのです、そこからジョーカーの人生は始まるのです、それにあなたのマスクは隠す用途にはいささか適さないもののようですね」
「あんたが昔買ったマスクといったらこれよりひどいものだったじゃないか?」
デズはむきになって応じた。
「思い違いをしておられるのではありませんか、わたしは顔を隠そうとしたことはありませんよ」
タキオンのために買ったんだ、あれはにわとりのマスクだったね」*
デズモンドの目は驚きに見開かれたが、それでも警戒は失っていないようだった。
「誰なのですか、あなたは?」
「知ってるだろう?」
年老いたジョーカーはしばし考え込んだのちに、ゆっくりうなづいて深く椅子に腰掛けた。
誤報でよかった、わたしはあなたが、死んだと聞かされていたのですよ」
デズモンドの静かな佇まいと誠実なものごしはトムを驚かせ、なんだか申しわけないような気にすらさせたのだった。
トムが口を開こうと意を決したところでデズから声がかかった。
「まぁおかけなさい」
トムは腰をおろし、喉を湿らせたのち、何から話そうかと思案しながらも、沈黙が重くのしかかるようにすら思えていたところ、またもやデズが語り始めた。
「もちろんあなた本人に間違いはないのでしょうけれど、あなた本人と同じ部屋で膝を突き合わせている、というのは、なんと言いましょうか、おかしな気分ですね。
これも巡り合わせですかね、何をお望みかは存じませんが、ジョーカータウンのものは皆、あなたにはひとかたならない恩があるのです、わたしもそうですが、力になりたいとすら願っているのですよ」
その言葉にうながされて、トムはようやくこれまであったことと、どうするよう決めたかをデズに伝えた。
シェルをどうしたいかをついに語る際に、いたたまれずデズから目をそらそうとしたが、結局視線はデズの顔の間をさまよったにとどまった、それでもデズは、辛抱強く礼儀を失さずに、最後までトムの話を聞き終えた。
そのときデズはさらに年老いたかに思われ、さらに疲れ果てたように見えながらも、無言でゆっくりとうなづいて見せ、鼻の先の指を何度も揉みしだいた後に、ようやく言葉をしぼりだした。
「本気なんだね?」
トムはうなづいて言葉を次いだ。
「大丈夫なのかい?」
トムの問いに、デズはうすく疲れ果てたといった感じの笑みで答えた。
「大丈夫なわけないでしょう」さらに言葉がもれだしてくる。
「年もとったし、健康でもない、旅の終わりの頃には、心をよぎるのも、故郷にかえりつくことばかり、ファンハウスが、そしてジョーカータウンが恋しくてたまらなかった、ところがいざ帰ってみるとどうでしょう、あの連中がジョーカータウンで抗争とやらを、やらかしてくれているお陰で、経営は悪化の一途、おまけに、ジョーカーを愛するあまり、隔離することを訴えているという山師が大統領候補になっているときているのに、我ら最古参のヒーローは、戦線放棄を決めたとあってはね・・・」
デズは鼻の指で薄くなりかけた灰色の髪をかきむしった後、トムに初めて気が付いたかのように、顔を上げてうちひしがれたように言葉をついだ。
「これはまったく不当ないいぐさですね、お許しください、20年の長きに渡って、あなたは我々のために闘いつづけてくれたんですからね、それ以上を求める権利など誰にもないというのに、そうですとも、わたしからの助けが必要ならば、当然それを得るべきなのです」
「あそこのオーナーは誰なんだい?」トムがようやく要件に入った。
「ジョーカーですよ」デズが答えた。
「驚くこともないでしょう、もともとの経営者はナットでしたが、ちょっと前に売却したのです。買い取ったジョーカーは裕福な方ながら、それを表ざたになさりません、そうしなければ格好のターゲットにされてしまいますからね、ともあれ、会えるよう喜んで私の方から段取りいたしましょう。」
「うん」これでいい「上首尾だね」
話し終えたあと、デズモンドは一緒に外まで来てくれた。
細かい打ち合わせについては1週間以内に連絡すると約束したのち、歩道でタクシーを止めようとしている間もデズはそばにいてくれた。
一台が通り過ぎた、一端スピードを落としたものの、2人の姿を認めた途端、スピードを上げて振り切っていってしまったのだ。
「あなたがジョーカーだったらと、そう願ったことがありました」
デズの静かな告白に、トムは目をむいてするどく反応してしまった。
「そうでなくてどう思ったんだ?」
デズは微笑んで、おだやかに切りかえした。
「信じることにしましたよ、シェルの中がわからないからこそ、あなたはなにものでもあれるし、エースでもジョーカーでもあれるのでしょう、だからこそ多くのジョーカーにとってあなたは希望なのです、それにしてもちゃんとエースだと名乗り出れば、名誉も名声も思うままだというのに、どうして正体を隠し続けてきたのですか?」
「僕にも事情があったんだ」
「どうあれエースはエースですよ、我々ジョーカーの問題は我々自身で解決するよう学ばなければいけないということでしょう、あなたの前途が洋々たるものであることを祈っています、古い友人としてです」
そういって手を振り、デズはもどっていこうとした。
相変わらずタクシーはとまらない、通り過ぎるばかりだ。
「あなたがジョーカーに見えるのでしょう」
デズがファンハウスのドアに手をかけてから振り返ってささやき。
「そのマスクですよ」穏やかにこう付け加えた。
「それをお脱ぎなさい、そうすれば問題は解決するでしょう」
その言葉とともに静かにドアが閉じるのがみてとれた。
トムはあたりを見回して、誰も見ていないのを確認してから、注意深く神経質な風にカエルのマスクに手をやって、そいつを外してみた。
甲高い停車音がその行動に応えた、次のタクシーはあっさりと停まってみせたのだ・・・



*「大いなる序章」収録「シェルゲーム」参照のこと。
エンジェルフェイスを助けにいくとき、タキオンの正体を隠すため、ニワトリのマスクを被らせたのだ。