ワイルドカード5巻第1章 第2節 前半

         死がいこう町・・・その名はジョーカータウンⅡ

                 ジョン・J・ミラー

ジョーカータウンとチャイナタウンの常に曖昧な境界線上にツイステッド(つむじまがり)・ドラゴンはある。
ブレナンが得た街の情報源によると、そのバーは、シャドー・フィスト会の幹部であるダニー・マオの出店であり、現在人員の募集を行っているとのことだった。
表をしばし見つめてたたずむブレナン、彼の黒いカウボーイハットと薄くたれた口ひげを、へりを舞い落りる雪片が滑り落ち、きわだたせている。
ワーウルフ団メンバーのかなりの人数が今月はリチャード・ニクソンのマスクをつけることにしたようで、忙しく出入りを繰り返しており、他にはチャイナタウンで最大の勢力を誇るジョーカーのギャング、イーグレット団のちょこまか動く姿もまたうかがえる。
ブレナンの口ひげをつけた口元には、それを浮かべるのがもはや習慣となった笑み、それは己が身を投じようとしている、失敗すなわち死へとつながっているその冴えた思いつきに対する自嘲なのかもしれない。
中は思いのほか暖かい、暖房が効きすぎているというのではない、人混みでむせ返っているというべきだろう。
マオを特定するのに時間はかからなかった。
ブレナンが得た情報通りの男がそこにいた、部屋の奥にあるブースで、腰掛けているようだ。
ブレナンは人混みをかいくぐって、そのブースを目指した。
マオの隣では、若く溌剌としたブロンドの娘がいて、テーブルを隔てた反対側のベンチに、まるで押し込まれたような3人の男がいる、一人はニクソンマスクを被ったワーウルフ団員で、一人は若い東洋人、そして真ん中のもう一人は、やせぎすで蒼白な神経質そうな男だった。
その時ひとりの街のちんぴらとでもいった感じの男が、ブレナンの前に立ちふさがった。
身の丈比率6対4、いや5といったところか。
ブレナンがカウボーイブーツで底上げしているのにもかかわらず、1インチか2インチほどひょろ長く、自然見上げるかたちになった。
薄汚れた皮のズボンに、幾筋もチェーンが垂れ下がったぶかぶかな皮のジャケットをひっかけ、とんがった髪がさらに上背をました感を強め、その顔面に幾筋も赤黒い傷跡が這うように散りばめられ、いささか獰猛な感じを強めるのにも一役かっている。
そして彼の鼻にピアスのように止められている骨が、人間の指のものであることにブレナンは気づいた。
そして額から頬にかけて走る傷跡、それはカニバルヘッドハンターズ(首狩族)の一員であることを表す文様であり、カニバルヘッドハンターズはスカーという名のエースに率いられ恐怖とともに知られた名だたるストリートギャング団であったが、スカーがブレナンに屠られたため、離散の憂き目にあっていた。そしてスカーの死後団員の多くは、シャドーフィスト会などの闇組織に組み込まれ細々と活動しているといったところだろう。
「何のつもりだ」その男はブレナンにすごみをきかせているつもりらしい。
「ダニー・マオに用がある」ブレナンはそっけなくかえした。
間延びした男の口調は、ブレナンが幼いころにのみ耳にした、馴染みの甘いものを思い起こさせた。
笑いさんざめく半ば幾千もの声、音響にさえぎられて、男の耳にブレナンの声は届かなかったようだった。
「何だって?」
「くそ餓鬼などには用はない」
ブレナンは視界のはしでマオのいるブースの会話がとぎれていることを確認した、皆の注目をかうことには成功した、あとは・・
「言うじゃねぇか」男は前歯をむき出し精一杯凶暴な顔をつくり笑ってみせたつもりだったろうが、ブレナンの高笑いがそれを圧しかき消された。
「このくそ野郎、何がそんなにおかしいんだ?」ブレナンは高笑いを続けながら、眉根を寄せて怪訝な顔をしている男の、鼻に止められている骨に手をかけてぐいと勢いよくひっぱり、鼻から骨を引きちぎる、そして痛みから叫びをあげる男の股座にけりをいれて黙らせ、身体を折ってうずくまる男に、とどめとばかり彼の鼻に収まっていた血まみれの骨をほおってみせた。
そして驚きのあまり固まったような表情でブレナンを見つめているブロンドの娘の隣、目的の男の前に進み出た。
その前に座していた3人のうちの2人が立ち上がろうとするのを、その男、マオは鷹揚に手を振るしぐさで制して座らせてみせる。
機先を制されぶつぶつ不平をこぼしあってている男たちを尻目に、ブレナンはカウボーイハットを脱いでみせ、彼の前のテーブルに置き、あからさまな関心をブレナンに示しているダニー・マオに視線をかえしてみせた。
「名はなんという?」尋ねるマオ。
「カウボーイだ」ブレナンの答えは飾り気のないものだった。
前にあるグラスを取り上げ、中身を一口口に含み、苦虫でも噛み潰したような表情ではき捨てるようにマオは応じた。
「本名ではあるまい、それにチャイニーズのカウボーイなど、見たこともない」
微笑むブレナン。
タキオンの外科手術によって二重になった瞼の脇の目じりに皺がより、
その奥の瞳が皮肉な光を宿している、タキオンによって様々な手術や変装を施されたが、その瞳のみは彼本来のもので、アイルランド系、中華系、スペイン系あるいはインディアンなど様々な血の入り混じったブレナン家らしい人種のるつぼともいえる瞳の色だと、よく父に揶揄されたものだった。
ばさばさの暗い色の髪にタンがまじった色合いは東洋系の印象を強めるのに一役買っており、長髪に、西洋系の語り口と異装は、単純ながら効果的な変装となり、彼を知るものが、彼を連想することを難しくするという絶妙のものといえるだろう。
「東洋のご先祖様が鉄道をしくのに協力したという話は聞いている、おれ自身はニューメキシコの生まれだ、あまり長くはいなかったがな」
瞳同様、その言葉もまた真実であった。
「ならば、都会に刺激でも求めに来たか?」
ブレナンはうなづいて答えた。
「昔の話だ」
「それでそんな名を名乗るようになったのか?」
ブレナンは肩をすくめ、そして何も答えなかった。
マオはさらに一口口に含み、舌を湿らせてから言葉を継いだ。
「何が望みだ?」
「外で耳にした」強い南西なまりに興奮した調子を載せてブレナンは答えた。
「マフィアとの抗争に入ったんだってなぁ、2週間前に、ドン・ピチェッティが姿の見えないエースに殺られた、自分の経営するレストランで晩飯の最中に耳を一突きにされて。
シャドーフィストのやりくちだろう。
そこでマフィアは報復を開始した。
だからシャドーフィスト会は人手がいるってわけだ」
マオはうなづいてからきりかえした。
「お前を雇うとは限るまい?」
「雇わない理由もないだろう、欠員はまだ必要か?」
身体をくの字に折り、頭をだらんと床に垂らしたかつてのボディガードを一瞥してマオは答えた。
「悪くない取り引きだ」マオはそう返した後、思わしげに付け加えた。
「並みの度胸(たま)ではあるまい、そうは思わぬか?」
ベンチに詰め込まれたように腰掛ける3人の男たちに目配せしてブレナンを見据えるダニー・マオ。
手前に腰掛けたワーウルフ団の男と、奥に腰掛けたイマキュレートイーグレット(無垢なる鷲の子)団であろう東洋人に挟まれた男が気にかかる、小柄で痩せぎすで、腕も実にやわできゃしゃなよう、目は暗い輝きを放っているが、ちんぴら独特の、狂気の兆候からは程遠くブレナンには感じられたのだ。
「このもの達だが」ダニー・マオが口を開いた。
「仕事を請け負っておるのだ、手を貸す気はあるか?」
「どんな仕事だ?」ブレナンが口をはさむ。
「貴様向きとも思えぬが・・」
「どうかな?」ブレナンが笑みとともに切り返す。
「オレは慎み深いたちでね」
「それもある意味美徳であろうが」マオは慇懃に答えて言い添えた。
「そこに忠誠と服従もつけくわえるべきだな」
ブレナンは再びカウボーイハットは頭に載せて答えた。
「了解した、でどこへ向かえばいいんだ?」
そのとき、耳障りな笑い声が響いてきた、それは真ん中のやさ男のものだった。「モルグ(死体置き場)さ」そして陽気に口をはさんできた。
ブレナンはまゆをつりあげる仕草で、マオに目配せをし、マオはそれにうなづいて答えた。「デッドヘッドがいったとおり、モルグだよ」
「車はあるのか?」ワーウルフ団の男も口をはさんできた。
ニクソンマスクの奥から、低く唸るような声が漏れ出てくる。
頭をふって応じるブレナンに、
「盗ってくるしかあるまいな」ワーウルフの男が結論付けた。
「窓をこじ開けにいかにゃなるまい」熱を帯びた調子でデッドヘッドと
呼ばれた男が嘴を突っ込んできた。
隣のアジア系の男は亡羊とした不快感を漂わせつつも、口を開かない。
「行くぜぃ!」デッドヘッドは、ワーウルフの男の背中を押し、ブースから出ることをうながす。
注意深くブレナンの様子をうかがっていたマオに、不敵にも一瞥を返すブレナン。
「ウィスカーズだ」マオがワーウルフの男をあごで示して言葉を継いだ。
「必要なことはこの男に聞け、きさまはまだ試用期間にすぎんのだ、カウボーイ、用心をすることだな」
ブレナンはうなづいて、この喰えない3人組と街にくりだすことになったのだ。