ワイルドカード5巻第1章第2節 中編

            死がいこう町・・・その名はジョーカータウンⅡ
                     ジョン・J・ミラー

ワーウルフの男がブレナンに向き直り。
「俺がウィスカーズで」不明瞭な唸り声で話しかけてきた。
「ダニーから聞いたと思うが、こいつがデッドヘッド、そしてこいつがレージィ・ドラゴンだ」
ブレナンはレージィ・ドラゴンと呼ばれた東洋人にうなづいてみせた。
どうやらイーグレット団だと思ったが、そうではなくイーグレット風の衣類を身につけているだけのようだった。
改めて思うに、この男もやはりギャングという風には見えない、年の頃は20代前半と若すぎる、身長も5フィート6インチか7インチ程と低く、細い身体に、だぶだぶのズボンを薄い腰に引っ掛けているといった装い、顔は長細く、鼻は平たく、それらを長い髪がかろうじてまとめているといった風体で、街のちんぴらといったアグレッシブな印象はかけらもなく、どちらかといえば、気だるげなもの思いにふけっているといった空気を漂わせている。予備の人員というところだろうか。
ウィスカーズはコーナーに佇み、彼らを待っており、レージィ・ドラゴンは沈黙したまま、それでもデッドヘッドは絶え間なく、ほとんど中身のない無駄話を続けている。
レージィ・ドラゴンはその会話のみならず、ブレナンに対しても何の関心も抱いていないよう、ブレナンもその態度をみならおうと、のべつくまなくまくしたてるデッドヘッドをかわそうとつとめていたところ、デッドヘッドがその薄汚れたジャケットの懐に手を差し入れ、異なった色とサイズの薬のびんを取り出し、中から一つかみつまみ出し口に放り込んだのが目に入り、デッドヘッドはそのままブレナンに視線を絡めて言葉を次いだ。
「ビタミンをとらなくちゃ、だろ?」
それはブレナンに勧めているのか、自分に言い聞かせているのかどうにも判断のつかないものいいであったが、とりあえず、ブレナンは頭を垂れ首を振るしぐさで謝絶の意思を示すにとどめたのだった。
そうこうしているうちに、ウィスカーズがもどってきた、車を調達してきたようだ。暗い色合いの最新式ビュイックだ。ブレナンは自ら望んで、デッドヘッドとレージィ・ドラゴンに背を向けフロントシートに乗り込むことになった。
「サスがいいから、足回りも快適だし・・」一人で気持ちよさげにまくしたてているウィスカーズを尻目に、フロントミラーに目をやると、レージィ・ドラゴンが何やらうなづきならがらポケットに手を入れて、折りたたみナイフと石鹸を思わせる白い柔らかげな塊を取り出して、おもむろにナイフを広げ、塊を削り始めたのが目に入った。
その隣では、誰も耳をかしていないにもかかわらず、デッドヘッドが相変わらずぺちゃくちゃと喋り続けているようだが、レージィ・ドラゴンはかまわず石鹸状の塊を、手馴れた手つきながら細心の注意を込めて削っているよう、ウィスカーズは路面の凹凸やライトの調子に愚痴をこぼしながらも、運転自体は快適だった、それにしてもモルグとは、どこにあって、いかなる場所であろうか。
「ここさ」そんなブレナンの物思いを破って、ウィスカーズが名前で連想するとおりの、暗く忌まわしげな建物の前で停車し、ご丁寧に目的地であることを示してくれた。「まだせわしないな」
建物に視線を向けると、各階のまばらな明かりに照らされて、時折正面入り口から出入りする人々が目に入ってくる。
「準備はいいか?」ウィスカーズがうなりながら、フロントミラーに目配せをすると、「準備万端」顔を上げもせずにレージードラゴンが答えた。
「何の準備だ?」ブレナンが口をはさんだが、ウィスカーズは答えず、別の話題で切り替えした。
「デッドヘッドと長期遺体保管庫へ行き、そこを拠点とする、そこでデッドヘッドがぶつを運び出すわけだが、まずはレージィ・ドラゴンが先に行って偵察し、なにかあったら、おまえさんがねじこむって寸法だ」
「あんたはどうするんだ?」
「おれは戻るまで車で待つさ」
ウィスカーズの人を喰ったような答えにマスクの下のほくそ笑むような表情が想像されたが、実際のところはわからない。
いけすかないやりくちだ、気にいらないがそうして試しているのだろう、とあれば乗らないわけにもいくまい、ともあれ情報ぐらいは入り用というものだ。
「何を運べばいいんだ?」
「デッドへッドが知っている」
後部座席から忍び笑いが漏れ聞こえてくる、ウィスカーズの答えに呼応してのものだろう。
「だいたいのレイアウトはドラゴンの大将がご存知だ、あんたは邪魔する奴がいたら相手するだけでいいんだ」
それからミラーで後ろを一瞥したのち言葉を次いだ。
「レディ(準備は)?」
顔を上げ、ナイフを折りたたんでしまったのち、レージィ・ドラゴンが静かに答えた。
「レディ(出来ている)」
 レージィ・ドラゴンはそう云って彫り上げた代物を値踏みするかのように見つめ始めた。その仕草に興味と違和感を同時に覚えて振り返ったブレナンの目が、小さな、おそらくはネズミであるようなその形を捉えた。それを注意深く抱えたレージィ・ドラゴンは満足げにうなづいて膝に乗せると、膝をそろえてシートにおさまり、心地よさげに目を閉じた。
しばらくは何も起こらなかったが、ドラゴンは意識を失ったか、眠りにおちたように見受けられたのと引き換えであるかのように、その物体がぴくりと動き始めた。
尻尾がのたうち、耳がぴんと立ち上がり、はじめはきしむようなぎこちない動きが次第に滑らかさを増していき、動きが止まったと思ったら、その物体は毛皮の身づくろいをしてのけたのち、バックシートに腰掛けているドラゴンの膝から肩に跳ね上がった、そうして見つめるブレナンを見つめ返したその瞳は、それは紛れもなく活きたネズミのものであったのだ。