ワイルドカード7巻 7月25日 午後11時

    ジョージ・R・R・マーティン

        午後11時


ディガーは一心不乱にノートパソコンに何かを
打ち込んでいて、ジェイが入ってきたことすら
気付いておらず、
「鍵を閉めることすら忘れていたのか?」と
幾分高めの声で言葉を投げかけると、
ようやくディガーはスクリーンから目を上げて、
驚いた顔をしつつも、気まずいといった表情を
顔に浮かべてもいた。
ディガーはようやく4フィートから5フィートに
まで背は戻っていて、音声発生ソフトで卑猥な
言葉を聞いていた子供のような顔をして、
「あんた」と言いかけたところに、
「俺だよ」ジェイは自分であることを認めつつ、
「ドアの鍵くらいかけておくべきだろう。
誰が入ってきて、中を引っ掻きまわさんとも
限らんというものだぜ」そう言葉を継いで
周りを見回してみたが、マッキー・メッサーが
押し入ったときから片づけた様子もないようで、
「誰かが来るなんてことは気にもしちゃいない
ようだな」さらにそう被せてみたものの、
「あの猫運搬ケースに閉じ込められてひどいめに
あったんだ。アラスカに送られてたんだよ」
ディガーはそう言い出していて、
「アラスカにアトランタか、確かに間違えても
不思議じゃあるまいがね」
ジェイはそう応え、笑顔を向けて、
「少なくとも機内食を食べる余裕もなかったのは
残念だったろうな」そう茶化したが、
「笑い事じゃないよ、ひどいめにあったんだからね」
ディガーは吐き捨てるようにそう言って、
ジョージアに着いた頃には、身体が大きくなって
いて、あのくそったれな箱から飛び出しそうに
なっていたんだから」そう言って憤慨していたが、
「その場にいあわせなくて残念だったな、さぞ見物
だっただろうからな」そう言い返し、
部屋をうろうろして、散らかったものをまたぎつつ、
「誰も家政婦を紹介してくれなかったのか?」
と言葉を投げかけると、
ディガーは露骨に嫌な顔をして、
「手を触れるわけにはいかないんだ。
写真を撮っていないからね」
ジェイはそれにやれやれとため息をついてから、
「そんなことを気にしてたのか」と応えてから、
「で何を書いてるんだ?」と訊ねると、
ディガーは書いた文書を保存してから、パソコンの
蓋を閉じて読めないようにしてから、
「あんたに何のかかわりがある」そう返され、
「ところでどうやってここにで戻っていると
わかったんだ?」と訊いてきたものだから、
「俺は探偵だぜ、忘れたのか?」ジェイはそう応え、
場所をあけて、ソファーの端に腰を下すと、
「まったくひどいありさまだな。
早くここを出て、病院に行って、痛み止めを処方して
もらいたいんだがね」そう零すと、
「誰も引き留めちゃいないだろ、行ったらどうだ」
そう言い返されたが動じず、
「まだ要件を話しちゃいないからな。
ところでグレッグ・ハートマンの件は記事にしたのか?」
そう振ると、ディガーは笑って返し、
「書かないわけないだろ。書くのが仕事なんだからね。
全部暴露してやるさ……シリアにベルリン、マッキー・
メッサーからクリスタル・パレスであったこと全部をね……
これであいつはつるし上げにあうだろうな。
僕は他の記事の乗らないエーシィズ誌の号外を出すかもね。
いやひょっとしたらワシントンポストに売り込むかも
しれないね。
あのセイラ・モーゲンスターンの数倍ましな記事がかけると
いうものだろうから」
そう言ってパソコンをこつこつ叩いてみせて、
「これでグレッギィがリンチにあわなかったら、相当な
強運の持ち主ということになるな」
「それも悪くないがね」
ジェイは幾分うんざりしつつそう応え、
「他のワイルドカード持ちも一緒にリンチされることに
なるのじゃないか。それは考えなかったのか?」
そう振ると、
「僕の知ったこっちゃない」ディガーはそう応え、
「僕はジャーナリストだよ。それ以外の何者でもない。
僕は真実を語るし、それで起こることは必然というものだよ」
「そうかい」ジェイはそう応え、
「あんたは真実が語れればそれでいいかもしれんがな」
そこで遮ろうとしたダウンズを押しとどめつつ、
「まぁ聞いてくれ」ジェイはそう言って、
タキオンと随分話したんだがね。タキオンの言ったことが
結局正解だと思うんだ。
この事実は表に出すべきじゃないということさ。
理由もあるんだぜ、ディガー」
そう言ってディガーに詰め寄って、
ディガーは動かず聞いていたが、
「僕に隠蔽しろというのか?」たまらずそう言い返してきた。
「その方がいいということさ」ジェイはそう言って、
「そうしてくれないか」
「冗談じゃない」そう言って憤りを露わにし、
「ジャーナリストの倫理だけの話じゃないんだ。
そうしなかったら僕はどうなる。ハートマンに
消されてお終いになる、これだけは間違いないだろうな。
忘れたのか?アクロイド」そう言い募ったが、
「俺はクリサリス殺しの犯人を知っている」
ジェイはそう返すと、
「そいつは明日の朝、ジョカータウン分署に自首することに
なっているんだ。
そいつに独占インタビューさせてやってもいいと思ってるん
だがね」
もちろん帰りの機上でハイラムと話して同意を取り付けてある。
ハイラムとて流血の事態を招くことは望まないといってくれたのだ。
「面白い記事になること請け合いだ」ジェイはそう畳みかけ、
「脅迫にドラッグ、セックスに殺人、エースにジョーカーまで
入り乱れているときたものだ」
タキオンと話して詰めておいて、
まずグレッグ・ハートマンとジェームズ・スペクターの
関与は話さないことにした。
ティ・マリスの話だけで充分というものだろう。
「あんたの独占記事になるというものだよ」
ディガーにそう請け負っておいて、
「犯人を説得して、あんたが警察に突き出すかたちにしても
いいと思っているんだがね」
そこでディガーはその幼く見える顔に嫌悪を露わにして、
「僕がそんな間抜けだと思っているのか。
ハートマンの件は特ダネだよ、一面に載るだろうし、
それでピューリッツァーどころか、ノーベル賞だってとれる
かもしれないんだ。
ジョーカータウンのちんけなゴシップ程度と比べものに
ならない大きなネタだよ。
クリサリスのことなんて、誰が気にするというんだ?
ジョーカーが一人殺されただけじゃないか」
「金を積んでもいいぜ」と言い添えると、
ディガーは目を白黒させ、
「僕を買収しようというのか?冗談じゃない。
それに大衆だって真実を知る権利があるはずだ」
やれやれと深いためいきをついて、
こりゃとりつくしまもないと思いつつ、
「まぁいいさ」そう突き放すように言って、
「だったらそうするがいいさ」そう言って腰を上げ、
「あんたはスクープをあげて満足だろうが、ワイルドカード
界隈は一気に冷え込むことになるだろうな。
そうなればあんたも飯の食い上げというものだろが、
それは俺の知ったこっちゃないからな」
そう告げて、ドアに向かうと、
「僕が困ると?」ディガーはそう言って、
「僕がその程度で廃業すると言うのか?」
そこでジェイは振り返り、ディガーに視線を据えると、
「あんたもエースだろ、そうじゃないのか?」
なんでもないようにそう言い添えると、自分の鼻を
指さしてみせて、意味ありげに眉を吊り上げて見せ、
「だとしても誰にも知られちゃいない」ディガーの
その応えに微笑んで返すと、
「まさか公表しはしないよね」
露骨に動揺してそう言い出して、
「でっちあげだというまでだよ。たいしたことじゃない」
そう強がったところで、
「そうかもな」
ジェイは精一杯同情した感情を込めてそう応え、
「蓋をしておいた方がいいことはあるものさ。
ともあれ……」そこで肩を竦めてみせて、
「大衆にも真実を知る権利ぐらいあるというものだからな」
そう言ってドアノブに手をかけたところだった。
「アクロイド」と大声で呼びかけられて、
肩越しにわずかに振り向いて、
「どうした?」と声をかけると、
ダウンズは目にみえておずおずした調子で、
「でいくら出せるんだ?」と訊いてきたのだ。