ワイルドカード4巻「手繰られしものたち」その1

          手繰られしものたち
                 ヴィクター・ミラン

           ‘マクヒースはジャックナイフを持ってる…’
           (「マック・ザ・ナイフ」の)歌ではあるように
           マッキー・メッサーはもっといい物を持ってる。
           ジャックナイフよりもずっと隠しやすいもの…

マッキ―はクルフルステンダムの冷たい空気とディーゼルの排気に乗り、
そのカメラ店にとび込んできた。口笛で自分のテーマソング(マック・ザ・ナイフ)を響かせて、
店の扉が背後で軋むに任せ、こぶしをジャケットのポケットに突っこんだまま周囲を眺め回した。
カウンターには光が踊っている、カメラの黒いガラスが目のように光を湛え、それが光のハミング
のように感じられる。
ここはどうにも胸にはむかむかくる、綺麗で染み一つなく、医者のオフィスを思わせるのだ、
マッキーは医者がどうにも虫がすかない、今に始まったことではない、ハンブルグの法廷が、
いかれていると言い張り、13の時にマッキーを陸の孤島、精神病棟に放り込んだ。
そこにはチロルの豚と呼ばれる奴がいて、酒とガーリック臭い息を吐き、邪険にマッキーを扱ったのだ。
エースを引き当て、笑顔でそこからマッキーは立ち去ったのだが・・
カウンターの上の書架にゃBerliner Zeitungベアリナー・ツァイトゥンク紙があり、

ワイルドカードツアー、ベルリンの壁訪問>の見出しが躍っている

Oh yeah oh yeah (しめしめこいつはいい)マッキーはそれを見て薄笑いを浮かべた。

そいつを押し込め真顔に戻した、店の奥からDieterディーターが出てきのだ。

「マッキー、早いじゃないか・・」

その暗い薄い髪からはてかてかのオイルの匂いがする。

肩にしこたまパッドの入った青いスーツ、薄い虹色のタイに、

かすかに振動する上唇のみの声。

鮫のようだと言われている、冷めた感情のこもらない、まるで青いMarbleおはじきの

ような灰色の目で、ディーターを見つめながら突っ立っている。

「俺はだな、わかるだろ、こいつで写し取っていただけなんだぜ」

そう言いながらカメラに手をのたくらせている、辺りにはネオン管や褐色の

女の歯がやけにまぶしいポスターが散りばめられ、その人造の光の中でのたうつ

奴の手はまるで死んだ魚の腹のようで、やけになまっちろい。

ブルジョワどもの疑いを逸らすにゃまず見た目からだぜ、とくに今日みたいな

日にゃなおさらさ」

そう喋りながらもマッキーから目を逸らそうとしたが、やつが立ってる部屋が傾いて

でもいるように結局視線が戻ってきた。

エースといっても見栄えがよくなるわけではない・・・

たしか17にはなっている・・・幼く見られるだけなのだ。

肌はかさかさでParchment羊皮紙のように乾いてる・・・

背も170センチ以上はありはしない、ディーターにくらべりゃ骨と皮だけだ・・・

身体は捻じくれよたよたし、着てる黒の皮ジャケットは、ディーターには知られている
ことながら、肩の斜めに入ってたグレーのラインが擦り切れて、ジーンズに到っては、
Dahlemダーレムのゴミ箱からつまみ出してきたもののため相当くたびれた代物だ・・
ペアのオランダ木靴に、マルティールで描かれたエル・グレコ(ひょろ長い顔をかくことで

知られている画家)のような顔に、わらのような髪がまばらに突き立っている。

「それにしても、俺にゃちと早すぎる時間だがね」それはへまな一言だった。

マッキーは素早く動き、そのぎらつくタイに手をかけ、そいつを引っ張り引き寄せた。

「俺にゃ遅すぎるくらいさ、そうさ、遅すぎるってもんだ」

そいつの顔色は青白いくせにぎらついてる、ラミネートされた紙のようで、次第に
Zeitung新聞紙のように黒ずんでいく。

あれはブダペストのカーブをBlowing攻めてたときだった、あの夜マッキーはやつが
何をしていたか見てしまったのだ。

「マ、マッキー・・」あえぎながら、薄く赤黒い手を掴んでかろうじてそう口走った。

ディーターは気を静めることに成功したらしく、皮のすそを親しげにポンポン叩くしぐさの
後、言い募ろうとしたのだ。

「おい、おい兄弟、こりゃいったい何の真似だ」

「俺たちを売ろうとしただろ、このMotherfucker(下衆野郎)」

マッキーはディーターの髭剃り跡に唾を吹き付ける勢いでそう叫び返したが、
そこでやつは頬をひきつらせつつもなおしらを切ろうとしたのだ。

「何の話だね、マッキーおれはけして・・・」

「ケリーさ、あのオーストラリアの売女さ、ウルフがあやしいとかぎつけてずっと張ってたんだ・・」

そこで凍りつくような笑顔とともにダメ押しを・・

Bundeskriminalamtブンデス・クリミナル・アムト(ドイツ連邦刑事局:通称BKA:ベー・カー・アー)
にゃたどりつけなかっただろうぜ、今頃肉のしみと化してることだろうな」

舌打ちしつつさらに言い逃れようとした・・

「聞いてくれ、あんた勘違いをしてるんだ、俺は関係ない、あの娘はとりまきのひとりにすぎ・・」

そういい終えないうちに、レジの下から光るもの、黒いいびつなリボルバーを覗かせた・・
そこでマッキーは左手を振動させ、電動ノコの刃のように動かし、上半分、シリンダーからカートリッジ
まで削ぎ落として、ついでにトリガーの一部も切り裂き人差し指を一センチほど削り落とした。

さぞや撃鉄はまぬけな音を発したことだろう、半分に断ち割られたシリンダーの断面が銀細工のような
輝きを発していて、取りこぼされたそいつがカウンターのガラスを砕いた。

そこでマッキーはディーターの顔面を掴み上げると、両手をだらりとぶら下げさせ、かなきり声で悲鳴を
あげさせた。

ガラスの破片が青いコートの裾とその下の青いフレンチシャツを切り裂いて、その下に鉤爪のごとく

食い込んだのだ。

Zeissツァイスのレンズに、Chauvinism排斥運動や高い関税をかいくぐりFederal Republicドイツに

輸入された日本のカメラの上にやつの血が滴っている、もはや売り物にはなるまい。

「仲間だろ、どうして、なぜなんだ?」

細身を怒りの炎にくゆらせて、振動は高まる。

目には溢るる涙、振動は旋律を奏で、

ディーターの悲鳴と重なっていく。

マッキーの手に剃り忘れた髭の感触が伝わるが、もはや整えられることもあるまい。

そしててかてかの髪にひびが入って・・

「何を言ってるんだ」叫ぶ「そんなつもりはなかった、ちょっと付き合っただけ・・」

「嘘だ」マッキーはそう叫び返していた。

破裂せんばかりの怒りが、振動をさらに強めていく。

ブーンという唸りが高鳴り、さらに高まっていく。

ディーターは手脚をばたつかせ、頬の肉が千切れるまで咆哮していたが、そこでさらに
強く握り締めて、頬の骨を掴み上げ、骨から脳の湿った領域にまでマッキーは振動を叩
き込んだ。

ディーターの目はひっくり返り、舌は飛び出し、頭蓋の中の体液を沸騰させ、そうして
破裂した。

そこでようやくマッキーはディーターを放したが、頬と髪までつながって吹き上がる炎に
目をふさがれて、もだえながら咆哮していたが・・
そこでようやく視界が開け、カウンターに回って、まだ痙攣している身体に蹴りを入れると、
リノリウム板の上を滑っていった。
レジの画面は、橙のエラーメッセージが点滅していて、ディスプレイケースには夥しい血で
染められていて、ところかまわずグレイがかった黄色い代物、ディーターの脳漿が飛び散って
いる。

マッキーはジャケットを脱ぎ、叫びながら手についたそれを払おうとして・・

「You Bastard(くそ野郎が)」

首のない死体にさらに蹴りを入れつつ悪態を重ねた。

「貴様のせいでこのざまだ、Assholeくそったれ(けつ野郎)、assholeこのくそったれ(けつ野郎)、
Assholeくそったれ(けつ野郎)が」

そこで屈んで、ディーターのコートのすそをつまみ上げ、そいつで顔と、皮ジャケット、そして手を拭った。

「ああディーター、ディーターよぉ」そうしてすすり泣きつつ言葉を重ねた。

「話し合えたらよかったのによぉ、まったくSon of a bitch(まぬけ野郎)だぜ」

そう話しかけて冷え切った手をとり、それに口付けしてから、そっと汚れた胸元に重ね
合わせ、そのJohn(顔なし)に駆け寄って、できるだけ綺麗にしようと試みた。

そうこうしているうちに、怒りも悲しみもすぅっと消えうせ、おかしな高揚のみが残った。

ディーターはThe Fraction(「フラクション」という団体名にガラスの破片をかけている)
とFuck(やろうと:手をくもうと)して、その報いを受けたのだ。

なぜそんなことをしようとしたかなんてことはマッキーにはわかりはしないが・・・

それにたとえ意味があったとして、マッキーに何のかかわりがあろうか、

マッキーは不死身のエース、実態を持ったマクヒースそのものなのだから

Cocksuckers取り巻きどもがマッキーを囲むのも時間の問題だろう・・・

そのときガラスのドアが開き誰かが入ってきた、そこでマッキーは笑顔で
壁に向かうことにした。
そう身体の位相を変化させ、壁をひょいとすり抜けたのだ・・・