ワイルドカード4巻「手繰られしものども」その3

          手繰られしものたち
                 ヴィクター・ミラン

    位相の変化を解き、再び大地を踏みしめ、スキーマスクを脱いだ。
「俺を撃ちやがったな、(位相を変えなければ)死ぬところだったじゃねぇか」
Anenekeアネッケにくってかかったその声には殺気がみなぎっていたが、
アネッケは笑顔のままだ。
マッキーは世界を、コダックのモノクロ写真のように重苦しく感じながら
アネッケを見据えていた。
そうしてその手に唸りをあげさせたそのときだった、背後から混乱が伝わってきたのだ。
マッキーのテーマソングが調子っぱずれに響く中、侏儒がまだ熱のこもったままの、
ウルリッヒ銃口を掴み、捻りを加えて動きを止めたのだ。
You.Stupid Bastard(いいかげんにしねぇか)、あのままだったら殺してた
じゃねぇか」その言葉は叫びの色調を帯びていた。
「あのくそ上院議員は生かして捕らえなけりゃ意味はねぇんだ」
ウルリッヒはリムジンを背にしていた警官に最後の一発を見舞った男で、
ウェイトリフティングをしていたという経歴の持ち主であり、自分の体重程度
は持ち上げることができる。
その男が、驚異的な腕力の侏儒の力で銃身を押さえられ、それをはねのけようと
猫が毛を逆立て威嚇しあうように罵り合い、くるくる回っているのだから、
マッキーにはおかしく感じられてならなかった。
マッキーの横のMolniyaモルニヤが、手袋をはめた手を肩に乗せて
自制を促してきた。
「今は構うな、迅速に行動しなければならないのだから」
その手を弾くようにマッキーは動いた。
たしかにアネッケに撃たれかけた怒りはあって、同士モルニヤはそれを見かねて
制止の手を入れてきたのだが、じつは笑みを浮かべながら、侏儒とウルリッヒ

やりとりをみてるうちにそのことはとうに頭から消えうせていた。
アネッケはというと微笑んだまま、片付けた男の上にまたがるように立っている。
それにもまたおかしさがこみあげてきていたのだ・・・
ネーゲルクスだって?どっちがネーゲルクスを欲しがって
たんだか・・・」
ネーゲルクスとは、黒人のキスという意味で、チョコレート
でコーティングされた小さなケーキで、ウルフ以外のメンバーが
餓鬼のころからグループのトレードマークにしていたのだから、
そいつを持ち出すのも皮肉が利いているというものだろう・・・
そうして神経質な笑い声をその言葉に被せてみせた、たしか
に怒りに我を忘れていた、手を震動させ、ナイフで切り裂く
ようにあの警官を切り裂き、その唸りを聞きながら、血が
吹き出し、己の顔を濡らすのを感じていた、もしあの一発
がなければ続けて殺っていたことだろう・・・
バンの車体を持ち上げていた黒人が厄介だった、力は強かったが
弾を弾けるわけではなく、同士ウルリッヒがしとめてくれたのだ。
ウルリッヒは自惚れの強い、ハンサムな肉体派の男で、マッキー
も好ましく思っている。
アネッケは自制しているようではあるが、ウルリッヒはさぞや女に
もてることだろう。
もしマッキーがエースでなければ、妬ましくてかなわなかったに
違いないのだ。
エースであるマッキーには銃を持つ必要はなく、それを嫌悪して
すらいる。
マッキー自身には武器など必要ない、なぜなら己の肉体に勝る
武器などありはしないのだから・・・
Scrapeスクレープと呼ばれているアメリカから来たジョーカーが
抵抗のまったく感じられないハートマンの身体を、リムジンから
運び出している。
「死んだのか?」そこで思わずマッキーはパニックのあまりドイツ
語で確認していた。
侏儒はウリリッヒのライフルを放し、車体を見つめている、
ウルリッヒの姿はもはや見えない・・・
スクレープが怪訝な顔をしてマッキーを見つめているのを見て、
そこでようやく己の間抜けさに気付き、たどたどしい英語で同じ
問いを繰り返した。
あばずれで、さっさとくたばってマッキーを置き去りにした母親から
習った言語だ。
同士モリニヤは残った片方の手に手袋をつけている。
マスクはつけていない。
そこでマッキーは路面に緑色の血が滴っているのに気付いたが、
「心配ない」とスクレープの質問を引き取って代わりに答えてくれた。
「衝撃で意識を失っただけだよな、まぁいい、急がなくちゃな」
そう答えて首を振りながらマッキーの顔に笑みが広がっていた。
モリニヤの苦虫を噛み潰したような様子がおかしくてならなかった
からだ。
ロシア人エースがスクレープに手を貸したのは、Cell Leader(下部組織
リーダー)のウルフの要請によるもので、彼自身はジョーカーにわずかに
触れただけで怖気をふるうほどジョーカーを嫌っていて普段は近づこうと
もしない・・
そこでカラシニコフをその分厚い手にぶらさげたまま同士ウルフが口を
はさんできた。
「バンに乗せろ」それは命令だった。
「そいつもだ」
そこで電気作業車の運転席から出てきた同士ウィルフリードにうなずいて
モリニヤが従っている、その膝からアスファルトに緑色のものを滴らせ
ながら・・・
そこで雨が再び降り始め、路面に広がった血溜りを風にちらされたか
炎で浄化されたかのように洗い流していった。
遠くから耳障りな歌を思わせるサイレンの響きも届いてくる。
そこで慌ててハートマンを二台目のバンに乗せ、スクレープはタイヤの
後ろに隠れ、モリニヤもハートマンの横に乗り込んだのを確認してから
闇に消えていった。
乗り込んだバンの車体の刻むビートを太ももの内側に感じながら、マッキーの
内に歓喜がこみ上げてくる
捕まえた!ついに手に入れたんだ!
ジーンズの中に硬くいきりたったものを感じる。
後ろの窓から外をみやると、ウルリッヒが壁に赤い文字を吹き付けているのが
見て取れる、RAF(ドイツ赤軍)と、その文字を目にしたブルジョワどもは
下着を恐怖で汚すことになるだろう。
十年前、ドイツにおいてその頭文字は恐怖と同義で語られたのだから・・・
その冷たい確信は妙にマッキーを高揚させるものがあった。
そこでぼろぼろの外套を着て手に包帯をまいたジョーカーがさらに三文字を
吹き付けている、それはJJS(Jokers for Just Society公正社会
ジョーカー連盟)という文字だった・・・
そうしてバンは走り去った、路面に残った染みのような巨体、仰向けに
横たわった黒人エースを一人残して・・・