ワイルドカード5巻第1章第5節

             死がいこう町・・・その名はジョーカータウン

                     ジョン・J・ミラー

雪が窓のブラインドを染め上げ、風が失われた魂のすすり泣くようにグレイシティキャニオンを通りぬける。
冬になると、山間部より、都市の方が冷え込むのかもしれない。
そこは冷たく卑劣で、孤独に満ちているからだ。
ビルメンテナンスの格好をしたワーウルフ団の男がジェニファーのアパートのロビーでマスクをせずに待ち構えていた。
一人は背が高く、痩せぎすで頬にあばたをつぶしたようなあとのあるジョーカーで、着ているつなぎでゆがんだ身体を覆い隠している。
もう一人は、背が低い痩せぎすの男で、背骨が臀部から胴体に歪に巻きつくように歪み絡み付いているのが見てとれる。
雪にブーツの跡を残しつつもつなぎに身を包みウィスカーズとブレナンが現れ、
「地獄のように凍えやがる」とウィスカーズがこぼしつつ
「いないんだな」そう小声で確認すると、背の高い方がうなずき返す。
「10分以上前に出て、タクシーに乗ってきやした」と答えたのを合図に
「じゃ行くぜ」と声をかけ、誰もみていない状態でアパートに侵入でき、ワーウルフ団の盗み道具で、施錠は容易にこじあけられた。
ジェニファーに会ったら謝らねばなるまい、そんな感慨が一瞬こころをよぎった。
「押し入るならばまずは寝室だろう」そういって部屋に入ったウィスカーズは、壁一面に連なる本棚を見つめて顔をしかめる。
「畜生、ここから見つけ出すなんて、干草の山から針を探し出すようなもんだぜ」
そうしてしっかり小ぶりな寝室に押し入ったウィスカーズは、シングルベッドとランプを備えたナイトスタンドに衣装棚だけでなく、さらに本棚があるのを見て言葉をもらした。
「これ全部をひっくりかえさなきゃならねえのか」さらにぼやく
「中がくりぬかれてるかどうにかなってりゃすぐにみつかるんだが」
「おいウィスカーズ」背の低い方が声をかけてきた
「今何か動かな・・」
紐ビキニのみを身に付けた、背が高く細身のブロンド美女が壁の中から姿を現し、ゆらめいて実体化しつつ、ピストルを突きつけつけて微笑みとともに言葉を遮り「フリーズ(動かないで)」と言い添えたのだ。
驚きと恐怖にさながら凍りついたようになった一行だったが、
そこでようやくウィスカーズが言葉を搾り出した。
「話し合いといこうじゃないか、おれたちゃさる高名な方の使いで来てるんだぜ」
その言葉はうなずきとともにさらっと返された。
「知ってる」
「知ってる、だって?」動転したウィスカーズにブレナンが答えた。
「おれが話した」振り返って目をむく一行をよそに、ナイトスタンドの引き出しを開け、ロングバレルの特異な形状のピストルを素早く取り出し、ウィスカーズに狙いを定めてみせた。
毛むくじゃらの顔の中の目を丸くして抗議の声を上げるウィスカーズ。
「な、何のつもりだ、カウボーイ、いったいどういう・・」
ブレナンは何の感情も抱かずにそんなウィスカーズを見据え、ダブルアクションでトリガーをぴしゃりと叩くようにひき、2度、音もない衝撃が空を切る。
ワーウルフの二人の腹部に吸い込まれたダーツを、背の高いやせぎすの方は驚きとともに見つめ、口を開いて何かを言いかけたが、そこでこときれて目を閉じて床に転がった、もう一人はもはや口を開くこともないだろう。
「カウボーイ!」
その言葉を首を振ってブレナンは否定してのけた。
「おれはカウボーイじゃない、もちろんヨーマンというのも本名じゃないが、
その方が通りがいいだろう」
ウィスカーズは絵に描いたような恐怖の表情で怯えながら命乞いを始めた。
「なぁ頼む、お願いだ、何も話さないから、ほんとうだ、信じてくれ・・」
ウィスカーズの手むくじゃらの頬を涙が滑り落ち、拳を震わせて必死で訴えてはいたが、ブレナンにエアーピストルのダーツを打ち込まれ、頭からカーペットに沈み込んだ。
そのウィスカーズに構わずジェニファーに向き直って、ブレナンはこともなげに口を開いた。
「やぁレイス」
ベッドに銃をとりこぼしてジェニファーが答える「逃がす・・という選択肢はないのかしら」
首を振って否定の言葉を続けてみる。「面は割れている、そういうわけにはいかないのはわかっているだろう、それではすべてが台無しになる」
「助けられないのね」ブレナンは
その思いがけないジェニファーの言葉を打ち消すべく、駆け寄り、手を取って言い聞かせる。
「これは綺麗なやりくちじゃないが、もう係わってしまっている」
気を失っているワーウルフをさらに示して言葉を継いだ。
「おれのやりかた以外では生きてでることはかなわない、それが唯一の道なんだ」
それでもきまずい沈黙が流れたがかまわず言葉をついだ。
「それでは生命の保証はできはしない・・」
ジェニファーは溜息をついて言葉を返した。
「どうにもならないのね・・」
「これはこいつら自身が招いた報いだ、君を蹂躙し、慰み者にしてそれから殺すつもりとまでいっていた・・・」
ジェニファーから目をそらし、再度己に言い聞かせようと口を開き
「その報いは・・・」そう言いかけたブレナンの頬をジェニファーの掌が包み込んで、言葉を継げなくなり、またもや沈黙が流れた。
必死でZen禅の修業で養った平常心を動員するも心は静まらず、過去の死や惨劇に意識を集中しようと努力するも、何ものかにさまたげられたかのようにそれすら適いはしなかった。
そしてブレナンの暗い目を覗き込んだジェニファーが微かな微笑ととともに思いがけないことを告げてきた「素敵な瞳ね」
思わずつりこまれるように微笑み返し、その手に己の手を重ねて再び言い聞かせるように、気を失ったワーウルフ団員を顎で示ししめくくった。
「行かなければならない、闇に紛れて始末せねばなるまい」
「また会えるかしら?時間を空けずに、って意味でだけど」
ブレナンは手をのけて、目をそらし、肩をすくめてみせた。
「やっかいごとでもあるのか」ブレナンの言葉にジェニファーが口を尖らせて返した。
「ねぇ、ニューヨークの犯罪王に生命を狙われる以上にまずいことなんてあるのかしら?」
「想像すら及ばないということならいくらでもある、姿を消しておいた方がいい、その間にかたをつけよう」その言葉に沈黙しながらも瞳で何かを訴えているジェニファーにブレナンが折れた。「連絡はしよう」
「約束してくれる」必死なその様子にうなずいて返すと、ジェニファーはワーウルフ団員に気まずい一瞥をすえたのちに、壁の中に消えていった。
もちろん約束を守る気などありはしない、皆目ないが、何かに押されるように意識のないワーウルフを肩にかつぎあげた、その決意が揺らいでしまいそうな気がしてそれを必死で振り払わねばならなかったのだ。