「ワイルドカード」4巻第6章 後編

     From the journal of Xavier Desmond

      〜 ザビア・デズモンドの日誌より 〜

           G.R.R.マーティン

        1986年 12月 8日 メキシコ

うとうとと早くから眠りに捕らわれ、夕食を終えてさんざめく人々の声で目を覚ましました。
悪くないどころか、上々の気分といえましょう。
僥倖が見えたように思ったからです。
ハワードに聞いたところによれば、マドリード・ウルタードでの、総督を迎えた会食のハートマン議員によるスピーチは、人々の心を捕らえたとのことでした。
一方でペレグリンの美しさが男性陣の心を捕らえていたと報告されていますが、同席した女性陣の妬みの視線たるや相当なものだったのではないでしょうか。
ミストラルは小粒ながら若さにあふれ、ファンタシーはその踊りで人々を魅了し、ラーダ・オ・ライリーはアイルランドとインドの血筋を兼ね備えたエキゾチックな装いを持ちながら、みなペレグリンの前にでると不思議にも霞んで見えてしまうのです。
そんなペレグリンの男性エースに対する態度はというと、タキオンには肘鉄、ジャック・ブローンには完全無視と徹底しています。
彼女が親しい人間がいるとしたら、ペレグリンのドキュメンタリーをとり続けているカメラマンぐらいといえますが、それは女性で、他に親しいといえるのはハイラムくらいですが、その関係はお互いからかいあうようなものでありながら、一定の距離を置いた節度をたもったものにすぎません、なぜならハイラムには、貞節を誓った存在があり、それ以外は彼にとってさしたることでないそぶりがあるからです。
そうして彼が身も心も捧げ尽くしたもの、それこそが「料理」なのです。
その情熱たるや凄まじく、どこを訪れようとも、その町の最も優れたレストランを言い当ててしまうほどで、彼の周りには常にシェフやその町のスペシャリストがとりまいており、ホテルであっても、彼には一人になる時間がないようにすら思えるのに、彼はむしろその状況を喜んでいるようにすら見受けられます。
ハイチでも、良いシェフを発掘するや、ハートマン議員にかけあって何度も国際電話をかけてビザを手配し、彼のスタッフに加えていたようで、ポート・プリンス空港で鋳物の料理器具が大量に入ったトランクを抱え奮闘しているさまをみかねて、軽々と担ぎ上げ肩代わりしている様子は私も目にしました、彼の雇った新しいシェフは英語を話せませんが、スパイスの言葉に耳を傾けるのに言葉なんて必要ない、それこそ共通言語なんだとハイラムは目を細めていました。
これもハワードから聞いた話ですが、今夜のディナーでも厨房にいってレシピを手に入れるんだといって譲らず、厨房からもどってからは、何やらデザートのようなものを熱心に盛り合わせていたとのことでした。
これだけエース能力を乱用して人生を謳歌している人間は他にいないのですから、嫌な気持ちにされて当然といえましょうが、不思議にそんな気にはなりません。
それは彼が多大な寄付をジョーカータウンに対して行っておりながら、そのことをひけらかそうとせず、匿名を貫いている、そんな人柄と文字通り大きな人間性のたまものであり、それゆえにタキオンを別にすれば、わたしの知る限り、最も気のおけない存在であり続けているのかもしれません。
明日はグループに分かれて行動することになりそうです。
ハートマンとリオンズ両上院議員と、ラビノウイッツ下院議員、そしてWHOのエリクソン氏4名がメキシコの有力者たちから構成されるPRI(Partido Revolucionario Institucional 制度的革命党)のリーダーたちとのミーティングに出席している間、タキオンとメディカルスタッフは、レアトリル*による画期的なウィルス治療の成功を聞きつけ、クリニックへ、エースの何人かはメキシコのエース3人とのランチに出かける予定とのことで、喜ばしいことにトロールも招待されているとのことでした。
その超人的腕力と不死身ともいえる頑健な肉体によってエースと同等に扱われたのです。
わずかな進展ですが、これもまぎれまない光明といって差し支えはないでしょう。
残りの者たちはユカタン半島の、キンタナ・ローでメキシコ遺跡の観光に向かいます。
アンチジョーカー運動の一派、ルーラル・メキシコの暗躍も噂されている忌まわしき地ながら、そこのチチェン・イッツア遺跡で後日別行動のグループと落ち合うことに決まったからです。
つまりメキシコでの最後の数日は観光旅行として無為に過ごさねばならないことを意味しています。
ならば隣国のグァテマラまで脚を伸ばしたほうがましかもしれません。
ひょっとしたらディリー・プレスで大々的に報じられたような、中央政府に対する先住民の反抗活動や、抵抗運動のように世情に一石を投じ、同行するジャーナリストたちにより劇的な物語を提供したかもしれず、そう考えるならば、道草は少ないにこしたことはなく、可能ならば御免こうむりたい、焦りからか、そう強く思えてならないのです。



*レアトリル(別名「アミグダリン」)ビタミンB17と呼称されたこともあったが、現在ではビタミンではないとされている、癌細胞のみを破壊すると謳われましたが・・