ワイルドカード4巻第1章

ザビア・デズモンドの日誌より
1986年11月30日

私の名前はザビア・デズモンド、<ジョーカー>です。ジョーカー達は常に異邦人でした。
それは生まれた場所であったとしてもかわることはありません。
そんな寄る辺なき者の一人が、5ヶ月をかけて様々な異邦の地を訪れて歩く栄誉にあやかりました。
草原や山々、リオやカイロ、カイバル峠、ジブラルタル海峡シャンゼリゼ通り、それらの場所は私が市長と呼ばれているところの住処、ジョーカータウンよりも遥か遠く見果てぬ地であるといえるでしょう。
ジョーカータウン、それは場所をさす言葉ではありません、そこに住む人々の心の状態を
指して呼ばれる名であります。
その町はジョーカー(鬼札)である心の者たちの住処で、その寄り合い所帯であるところの収容所、ゲットーです、もちろんそこは市ではありませんし、当然市長も存在しません。そこの市長と呼ばれるのがこの私なのです、
そもそもの始まりから私の心は鬼札のものであったのかもしれません。40年前、ジェットボーイがマンハッタン上空で死亡し、ワイルドカードウイルスがばらまかれたあの時、私は愛らしい妻と、2歳の娘を持った信託銀行に勤める29歳の若者で、その時はまだ、未来が輝かしいものであると信じていたものです。
運命の日の数ヵ月後、ようやく退院を許された時には、かつて鼻があった顔の中心には、ピンクの、象のそれを思わせる鼻がぶらさがっており、その鼻の先には自在に動く7本の指を供えた異形のものに変わってしまっていたのでした。
数年の後にはその<第三の腕>を操ることにもいささか熟達し、人並み以上の能力を授けられはしましたが、皮肉なことにそれは人間以下と呼ぶにふさわしい姿でした。
退院から2週間後に妻は私の元を去り、同時にマンハッタン当局から、<身体健康上の理由>によりもはやサービスが受けられないことを告げられ、リバーサイドのアパートからの立ち退きが通達された9ヵ月後に、私はジョーカータウンに移り住んだのです。
私が最後に娘に会えたのは1964年で、娘はその後、1964年の7月に挙式を挙げ、1969年に離婚し、1972年の6月に再婚したとのことで、娘はよほど<ジューンブライド(6月の挙式)>にこだわりがあったものと見受けられますが、どちらにも私は招待されませんでした。
娘とその伴侶が現在オレゴン州のセイラムで暮らしているということも、私立探偵を雇って知ったことで、今では一男一女に恵まれているとのことですが、おそらくその子たちは自分たちの祖父が<ジョーカータウンの市長>と呼ばれていることも、ワイルドカードウイルスによって社会的権利を阻害された人々のためにJADL(ジョーカー反誹謗同盟)を創設し、名誉顧問を務めていることも知らずにいることでしょう。
JADLの挙げた成果は輝かしいものではなかったかもしれない、それでも良い仕事をしてきたと確信している次第です。
一方で私はビジネスマンとしてナイトクラブ、<ザ・ファンハウス>を経営し、そこは、ジョーカー(異形)もエース(超人)もナット(常人)も共に楽しめるエレガントなキャバレーであり、この店がなくなるということは、ジョーカータウンから灯りが消えるに等しいということはようく心得ています。
経営がうまくいっていないことについては、私と会計士だけが心配すればよいことだからです。
そんな私も来月70歳になります、かかりつけの医師によると、私は71歳までは生きられないとのことでした。
発見が遅く、癌は転移がすすんでおり手がつけられない状態だったからでありました。ジョーカーといえども生には執着します。1年近く、化学療法と放射線治療を併用してはみましたが、快方に向かう兆しはありません。
この状態で世界旅行に赴くということは1月近く余命を削ることになると医者から言われはしましたが、処方箋を得て投薬を続ければ問題はありはしない、放射線治療とおさらばできるのなら尚結構、と自分を慰めて旅立つこととします。
マリーと私は、ワイルドカードによって人生が変わる前、お互いがまだ若く、愛し合っていた時に、世界一周旅行について話したものでした、しかしその時は、私が余命短く、しかも彼女と離れて、上院エース資源委員会の選出による代表団の一員として、表向きは国連とWHO(世界保健機関)の援助を得ての旅になるなどとは夢にも思ってはいませんでしたが、いくつかの国々の滞在は数時間になるとはいえ、南極を除く39の国々を巡り、ワイルドカード感染者の実態を調査する旅に赴くことになりました。
代表に選ばれた21人のうち、5人のみですが、ジョーカーも選出され、その一人に、コミュニティーリーダーとしての実績が認められて私も加えていただいたことは望外の喜びであります。最良の友、ドクター・タキオンの尽力のたまものと推測されます。彼に感謝の意を表しこの場のしめとしましょう。