ワイルドカード7巻 その12

          ジョン・J・ミラー

            午後10時


必要なときに限ってワーウルフ団はまったく見当たらず、
イーグレット団もまたまばらにしかいない。
二時間彷徨ってようやく千鳥足でフリーカーズから
出てきたワーウルフ団員を一人みかけたのだ。
そのワーウルフは大柄で毛深い筋肉質な男で、
マイケルジャクソンのクローゼットに詰め込まれていそうな、
色褪せ破れたジーンズに、
革ストラップとチェーンをぶらさげて、
不似合いなメイ・ウエストのプラ製マスクで顔を隠した
ジョーカーだった。
そうしてフリーカーズの前に立ち、
スラム街の見物に来て、入ろうかどうしようか思案している
といったナット旅行者から数ドル脅し取ろうとしているかの
ようにしていたが、
そいつがバーから離れよろよろと半ブロック歩いていく。
ブレナンはそいつの後をつけることにした。
通りはお誂え向きに暗く人通りがなく、
壁を背にして小便をしながら、
低くぶっきらぼうに唄いだした。
「寂しくて、死にたくなる」
といった調子で。
ブレナンが喉にナイフの刃を当てたときは、
ジッパーをあげようとしていたところだった。
そこでブレナンは語りかけるように話し始めた。
「切り裂いたら、どんな唄が唄えるかな?」
それからブレナンが離れると、
両手を脇から離すよう広げたまましばらく麻痺した
ように立ち尽くしていたがようやく言葉を搾り出した
ようだった。
「ナット野郎、貴様正気か?」と、
「友人を探しに来たが街が広すぎてね」
そうしてデニムのジャケットに挿しいれたままの左手を
出した「俺のカードだ」と言葉を添えて、
その手に握られていたのはスペードのエースだった。
それを見た巨漢のジョーカーは縮みあがったようになり
ながらおそるおそる尋ねてきた。
「あんただというのか?」
「試してみるかい?」
そう返したブレナンの言葉に、ジョーカーは首を振って
応えた。
「踊る(殺される)つもりはない」と。
「それじゃ会話を楽しもうじゃないか。
大きな魚を釣り上げたい、レージィ・ドラゴンか……
もしくはフェイドアウトだ、今晩どっちかに会わなかったか?」
「ドラゴンなら見たよ、
フィストの依頼でChikadeeチッカディーのボディガ−ドをしちゃ
いるが、あまり乗り気じゃないようだったぜ」
頷きながらも納得していた。
レージィ・ドラゴンはフリーの雇われエースで、
主にフィストの顔役フィリップ・カニガンから直接
使われている形になっているようだった。
カニガンはフィストの幹部で、
フェイドアウトと呼ばれている。
その名は彼の透明になる能力に由来している。
(キエンがクリサリスに手をだしたならば、
何か知っているかもしれない)
ブレナンは一度フィストに潜入しキエンに迫ろうとして、
フェイドアウトに手をかしたことがあった。
(実際マフィアの襲撃から彼を救ってさえいるのだ。
多少の恩義は感じているかもしれない)
「いいだろう」そう呟いてナイフを指し示しながら
言葉を搾り出した。
「そいつが今週ワーウルフの被ることになっている
マスクだな?」
「なんだって?」
「貴様のマスクだよ」
「そうだ」
「よこしな」
ワーウルフの被っているマスクは、
彼らのシンボルであり、所属を示すバッジのような
ものだ。
しばらく緊張を滲ませていはしたが、そいつを放棄する段に
至っては、ため息をつきはしても落ち着いたものだった。
ブレナンの噂を耳にしているのだろう。
その巨体と獰猛さをもってしても万に一つの勝ち目もない
ことを弁えているに違いない。
マスクを外し、ブレナンによこして、俯いたまま距離を置いている。
マスクを受け取ったブレナンは、男の顔を見ることになったが・・
何も言いはしなかった。
もっとひどい顔はいくらでも見てはいるし、
何よりその顔を恥じていることがわかっているからだ。
子供を思わせる、柔らかく美しいとさえいえる顔が、
大きすぎる頭に張り付いているさまはグロテスクですらあり、
金属とレザーで覆われた凶悪な外見にそぐわないものだった。
ブレナンがその男から離れると、
顔をそむけたまま、通りに駆け込んでいった。
そいつを見送りながらもブレナンは呟いていた。
Your fly is Undone
しまった方がいいな」と。