ワイルドカード7巻第1章

1988年7月18日
午前5時

風がないにもかかわらず、木々はざわめいている、彼はどれだけの間、その間を
歩き続けたか、どうやってここまで来たかすらすでに分からなくなっていた。
それでもここにいる。しかも一人だ。
これまで感じたことのない長く、暗い夜は彼に恐れをいだかせるに十分だった。
冴え冴えとして大きすぎる月の朽ちた肌を思わせる光が、大地に黒と灰色の影を
つくりだす中、彼の目は確かにそれをとらえた、と感じたが、それは一瞬に過ぎず、
それを二度と見てはならない、ということを本能が告げていた、というより知っていた、
といった方が正しいのかもしれない。
彼は足を進めるたびに裸足の脚を絡めようとする、薄いグレーの草をふりほどきつつ、
べとつく蔓の間をすりぬけながら歩き続けた。
風もないのに狂ったかのごとく蠢く不毛な枝葉を尻目に、身をよじり、縫うような
足取りですり抜ける彼の耳元に、知りたくもない秘密を告げる囁き声、わずかでも
脚をとめれば、それらの声が耳に届き、その意味が心に響き、彼の正気を破壊する
だろうから・・・歩みをとめるわけにはいかない。
甘く病んだ色あいの月の光は、何事のまどろみをも覆しえず、巨大な翼の羽音が空を裂き、
退廃の色合いを強める夜の光のもと、不気味な蜘蛛を思わせる影が蠢き、