ワイルドカード7巻 その8

          ジョン・J・ミラー

            午後4時

Church Of Our Lady Perpetual Misery
<憐れなるもの達のための永劫女神教会>は
ほぼ無人に思えたが、
傷の目立つ木のPew会衆席には跪き懺悔する数人の姿が
散らばっていて、
その低く静かに垂れた頭からは、
聖書に示された明白なJesus主より現実味のあるもの、
彼らの神に対する祈りが捧げられているのだろう。
Quasiman*クオシマンと呼ばれている背の突き出た男が
綺麗に折り目のついたLumberjack Shirtsランバー
シャツに清潔なジーンズを身に着けていて、
Altar祭壇の間をいったりきたりしつつ
・・小声で何かを呟きながら
tabernacle礼拝堂を掃き清めていたが、
ブレナンが祭壇に近づいたのに気づいたのか、
礼拝堂から降りて、
硬くぎくしゃくした動きで、左足を引き摺りながら近づいてきた。
ワイルドカードウィルスで身体は捻くれたものになりはしたが、
超人的腕力とテレポートする能力を与えられている。
「こんにちは」と声をかけて、
「ファザー・スキッドに会いにきました」と尋ねると、
「こんにちは」と返してきた。
その瞳は暗く熱に浮かされたように見えながら、
その声は深くやわらかいものだった。
Chancellery執務室にいらっしゃいます」
「ありがとう・・」ブレナンはそこから言葉を継ごうとしたが、
ブレナンを見つめるクオシマンの瞳は焦点を結んでおらず、
そのジョーカーの顎は緩んでおり、涎が零れ落ちている。
心ここにあらずといった状態であるのは明らかであるから、
ブレナンは頷いて返してから、
クオシマンの視線が向いたままの先にあるドアを開けると、
ファザー・スキッドはくたびれた木製デスクの前にかけていて、
本を読んでいたが目を上げ、微笑みかけてきた。
ファザー・スキッドはテントのように広がった質素な司祭服で、
その恰幅の良い胴体と幅広の肩を覆った、
薄い灰色の肌をした髪のない男で、
瞬膜で覆われた大きく明るい目、口は一見口髭を思わせる短い
触手がぶら下がっていて、
本の上に置かれた手には、
大きく、長く細身の指が添えられていて、
手の平には退化した吸盤の名残が見て取れる。
かすかなあまり心地のよくない海の香すら
漂ってくるかのようだ。
「どうぞ、おかけください」
その声は常日頃世界と接するのと同じ、
慈悲深く愛情に溢れたものであり、
「古い友人の遺した本を読んでいました」
そして本のタイトル、<一人の人間の人生に
おける一年〜ザヴィア・デズモンドの日誌〜>
を示してみせながら言葉をついだ。
「彼だけでなく多くの、古い友人の思い出が
溢れているのです」
心の痛みを表すように指を、
その上でくねらせながらも言葉を重ねてきた。
「また立ち寄ってくださって嬉しく思います。
姿を隠されて、ずっと心配していたのですよ」
ブレナンは微笑みかえしてから幾分ユーモアをこめて
応えた。
「申し訳なく思います、神父様、タキオンには
事情を話してあったのですよ。
この町に戻ってくるつもりはなかったのですが、
事情が変わったものですから」
ファザー・スキッドは困惑を滲ませながら言葉を
返してきた。
「クリサリスの、死の一件ですね、
あなたがたは……その……親しかったことがあった
とか……」
「警察は、俺が殺したと言っているのでしょう」
「ええ、そう聞いてはいます」
「それでも信じないとおっしゃってくださるのですね」
ファザー・スキッドは迷いを振り切るように頭を
振って答えた
「もちろんです、あなたにクリサリスを殺せるはずが
ありません、とはいえあなたに罪がないとまでは
いいません、罪のない者のみが他人に石を投げられる
ともいいます。
私も魂の清浄とか純潔なんて言葉からは残念ながら
ほど遠いようですからね」
そうしてファザー・スキッドは溜息混じりに言葉を継いだ。
「クリサリスも、その哀しみに満ちた魂の救済を求めていました。
せめてその魂の安からんことを願っております」
「俺もそいつは願っているが」
ブレナンは続いて言葉を吐き出した。
「俺にできるのは殺しの犯人をみつけることだけだ」
「警察に任せたら……」
そういいかけたファザー・スキッドの言葉を遮って言い切った。
「俺ならそれができる」と。
その大きな肩を竦ませて司祭が応えた。
Perhapsおそらくそうでしょう、
Perhapsおそらく藁くらいは掴んでいるのかも
しれませんし、寧ろ目星もついていたとしてもそれでも、
あなたがどうしても自分でそれをなさるというなら……
私の協力のあることを覚悟なさることです。
嫌とはいわせませんからね」
鼻から伸びた触手の集まったところを擦ってさらに続けた。
「まぁ私の知っていることが役にたたないとも限りませんから」
「早速知恵を貸していただきたい、探している人間がいるのです」
「誰だね?」
「サーシャです、彼はここに出入りしていたと聞いていますから」
「サーシャ・スターフィンは信心深い男ですから」
司祭はさらに続けた。
「聖餐を共にする姿を良く見かけたものです」
「サーシャは行方をくらましたのですよ」
ブレナンはそう返しながら、魂の在処をないがしろにして肉体のみを
探しているような居心地の悪さを感じてならなかった。
「普段はパレスにいますが、殺しの証人として口封じされることを
恐れて身を隠しているのではないでしょうか」
ファザー・スキッドは頷きながら応えた。
「かもしれませんが、母親のアパートはお探しになられましたか?」
「いや」ブレナンには思いもよらない言葉であり尋ねていた。
「それはどこです?」
「ブライトンビーチのロシア人居留地です」
ファザー・スキッドは具体的な場所を示してくれた。
「感謝します・・助かりました」
ブレナンは教会を後にしようとしながらも、
ためらいがちに司祭に視線を向けて尋ねていた。
「一つだけお尋ねしますが、今朝クオシマンは
どちらにいましたか?」
ファザー・スキッドは厳粛な面持ちでブレナンに視線を
向けて応えた。
「疑っているのですか?彼は特に優しい魂の持ち主なのですよ」
「強腕をもまた備えている」
ファザー・スキッドは頷いて応じた。
「それは間違いありませんが、彼は容疑者から外さねばならない
でしょう。
ナットというものは身体や骨格が変化したことに注目しはしても、
変わらないものもある、ということを忘れてしまうのですね。
彼は昨晩墓地を警護していましたよ、彼がそれを望んだのです。
物忘れが激しい性質でありますが、少なくともその気持ちは彼本来の
ものです」
「それでは毎晩それを行っているのですね?」
「毎晩です」
「一人でですか?」
一拍の間躊躇いながらもファザー・スキッドは応えた。
「はい、そうです」
ブレナンは頷き返して答えた。
「重ねて感謝します」
ファザー・スキッドは片手を挙げて祝福を示して
「神があなたと共にあらんことを、あなたの為に
祈っております、それにね」
立ち去ろうとするブレナンの背中に向けて言葉を
言い添えていた。
「クリサリス殺しの犯人にしたところで、あなたに
尻尾を掴まれたら、己の平穏を願わずにはいられない
でしょうから・・・」と。
 


ノートルダムの男Quasimodoが由来で、日本では「カシモド」と表記されることから、「カシマン」という
表記もありかと・・・

ワイルドカード7巻 その9

       ジョージ・R・R・マーティン
            午後7時

クリスタルパレス前の路地には数人固まっていて、
正面には4台のパトカーが停められており、
5台目が後ろの通りに停められている。
ジェイがタクシーから降りると、
その内の一台の傍にマセリークが立っていて、
警察無線に対し何か話しているのに気づいた。
建物は封鎖されていて、
正面入り口につながる階段にはX字のラインが
張られ、
ドアのところには犯罪現場を示す垂れ幕の
黄色い色もちらついている。
三階の窓についた灯りが、
そこにあるクリサリスの私室を思い起こさせて
つらくなる。
隣の部屋にも人が散らばっているのだろう。
時折フラッシュを焚く光が点滅していて、制服を
着た数人の姿を浮かび上がらせている。
神のみぞ知るといった証拠を求めているに
違いない。
辺りには野次馬の姿もちらほら見え、
口々に何かを囁きあっている。
彼らはジョーカータウン街の元々の住人で、大概が
ジョーカーだが、
スラム街に住むナットだか極めてそれに近い人影も
二人いて、
街につながる歩道に警官の前であるにもかかわらず
客引きに精を出しているポン引きがおり、
他に視線を向けると、いかにも古臭いギャング然とした
Mae westメイ・ウエストのマスクを着けたワーウルフ
団員が四人いて、
鼻をつきつけあっているときたものだ。
もちろんクリスタル・パレスにいつもいる人間も混じって
いるだろう。
無線を切ったところのマセリークの前に行き、
言葉をかけた。
「それで……犯罪者は現場に戻ってきたかね?」
「だからあんたは戻ってきたんじゃないのか・・」
そう指摘したマセリークの言葉を茶化しつつ
言葉を差し挟んだ。
Dollyおいおい、何か指紋は出たかな」
「たっぷりでたとも、あんただろ、クリサリスに、
それからエルモにサーシャとルポのもな。
調書をとった人間のものしかみつかっちゃいないよ」
Ahそうかい」
と曖昧に答えたジェイを尻目にマセリークが続けた。
「カントが言うには、この中に動機を隠した人間が
いるんだそうだが」
Real Good素敵な話だね」
ジェイはタイトな革のミニスカートを身に着けた女に
気をとられつつ、
For a lizard蜥蜴革かな」
と呟きつつマセリークのいる方に向けて振り返ると、
半ブロックほど向こうにフードを被った姿が目に飛び込んできた。
「あんたがそう言っていたと伝えておくよ」
そう苦笑を滲ませつつ返してきたマセリークにジェイが応えた。
「それじゃこいつも伝えておいてくれ、
何か情報を掴んだとしてもそいつ自体が重要じゃないし、
動機としたころで指紋と変わりはしない、
多すぎてもかえって真実から遠ざかるものさ」と。
そうして通りに視線を向けると、
フードを被った男が闇の中に立っていて、
パレスを見つめている。
その男が振り返った。
ジェイが見たその男の顔がある辺りには、
金属の輝きが見て取れた.
フードの下にフェンシングの面を被っているのだ.
「そいつを聞いたら喜ぶだろうて,
他に何か伝えることは」
「そうだな」
ジェイはそう一拍置いて続けた。
「エルモは外した方がいい、そう伝えておいてくれ」
そうして再びマセリークに視線を戻して尋ねた。
「それでサーシャは帰ってきたのか?」
「母親のところに身をよせてるそうだが、
あんたに関係ないだろ、
第一エリス分署長から、手を引けっていわれて
るんじゃないのか?」
「手はださないさ」
ジェイはそう応えながらも視界の隅で、フードの
男が闇に消えていくさまを追いつつ続けた。
「いい手がかりは身近な内にあるものさ」
「見落としたというのか?」
ジェイは両手の平を上に向けて上げ応えた。、
「さぁな、実際どうだかね、
ともあれもう行かなくちゃな……さよならだ……」
ジェイがそう言い放つと、
マセリークは不機嫌な様子で見つめてはいたが、
肩をすくめてからクリスタルパレスの中に消えて行った。
そうしてジェイもまた雑踏に分け入っていくと、
もはや手遅れだった。
フェンシグの面をつけた黒いフードの男は見当たらない。
(いや<男>というのは正確にいうと違う)
薄汚れた黒い服装にあの巨体を見るに明白だ。
オーディティの中には男性と女性両方がいるのだから、
(どんなジョーカーであろうとも重要なことは一つだ)
そうして呟いていた。
「怪力の持ち主ということさ」と。

ワイルドカード7巻 その10

        ジョン・J・ミラー

          午後8時
  

ブレナンのノックに応え、ドアを開けたのは、、
古びた雀を思わせる、小柄で年老いた女性だった。
「サーシャはいるかね?」ブレナンが尋ねると、
「いないよ」という言葉が返されてきたが、
ブレナンはドアの間に足を挿しいれて、
閉じられるのを防ぐと、
ドアの向こうから窺える室内で、
何者かが動くのが見えたが、
誰だかは明白だ。
「サーシャだな、危険なことは何もない」
そうして声を搾り出した。
「話したいだけだ」
年老いた女性はドアを抑え必死で閉めようと
していたが、
ブレナンの体重の載った脚をどけられずにいると、
哀れな声が中から響いてきた。
「大丈夫だよ、Maママ、」
そして溜息混じりに言葉をついだ。
「この人からずっと隠れてはいられないだろうから」と。
サーシャの母親はドアの脇からどいて、ブレナンを中に入れたが、
皺の目立つ顔を困惑に歪めつつブレナンに警戒しながらサーシャに
視線を向けると、
サーシャはリビングのソファーに崩れ落ちるように掛けていて、
「大丈夫だよ、ママ、お茶でも煎れてくれないかな?」
と繰り返し、
ブレナンがサーシャに向かい合ったところで、
サーシャの母はようやくその言葉に頷いてキッチンに向かっていった。
バーテンダーは細身で、骨も筋肉もあまりあるように見受けられない。
生気がなく、その顔は筋張っていて青白い。
「何があった?」
そう尋ねるブレナンの声に
「何も……」
サーシャは疲れきったというふうに首を振ってそう応えた。
その声には痛みと喪失感が滲んでおり、
ブレナンがこれまで耳にしたどの声よりも苦いものだった。
「何を隠しているんだ?テレパシーでクリサリス殺しの犯人を
知ったのではないのか?」
サーシャはじっと腰掛けたままで何も話そうとしない。
ブレナンがそれに対し頷きかけると、
「誰かというならばいたよ」とようやく言葉を搾り出した。
「誰だい?」
「あの私立探偵だ、ポピンジェイと呼ばれている男だ」
(ジェイ・アクロイドか、
たしかエースだったな、
あの男が殺したとは考えにくいが)
「パレスで何をしていたんだろう?」
サーシャは何も答えず、ただ肩を竦めてみせた。
「エルモはどうなんだ?」そうブレナンが尋ねると、
バーテンダーは首を振って返した。
「クリサリスに何か頼まれて出て行ったきりだ、
何を頼まれたかは聞いていないがね」
「エルモが殺した可能性は?」
サーシャは笑って答えた。
「まさか、冗談だろ?あの子男がかい?
あの人をしたっていたんだ、まだあんたがやったと
いう方が頷けるというものさ」
「他に何か変わったことはなかったか?
殺しに結びつくような何かだが」
サーシャは神経質に、首にできたかさぶたを
厄介なもの触れるよう触りながら応えた。
「どうやって殺したかということだな」
そこから熱に浮かされたように語り始めた。
「さっきまでフリーカーズで飲んでたんだぜ、
そこで聞いちまったんだ」
「何を聞いたんだ?」
「ブラジオンさ……やつがやったんだ……
そう自慢していたという話だ」
「なぜブラジオンがクリサリスを?」
サーシャは肩を竦めて応えた。
「知るものか……あいつはいかれちまってるからな。
へましてフィストを外されてから、手柄をたてようと
躍起になってたって話だ」
ブレナンは不敵に頷いて応じた。
(確かに筋力はあるが、それだけだ。
力は強くても間抜けな奴だった。
数年前フィストを相手にしていたとき、
やりあったことがあったのだ。
その後マフィアはギャングの抗争で大分
弱体化したと聞いているが、
もしクリサリスがキエンとフィストの関係を
知ったなら、
ブラジオンが差し向けられることはありえる。
というよりは、フィストにとりいろうと独断で
動いたとみるべきか)
そこでサーシャの母が茶を乗せたトレイをもって
キッチンから戻ってきた。
サーシャが湯気のたつカップを手で包むように
持ち上げたのを見てブレナンは潮時と判断した。
「もう行かなくては、
用心にこしたことないぞ、サーシャ」
そう声を掛け、
年老いたその母に視線を向けて頷いてから、
そのアパートを後にした。
(サーシャの聞いた噂が事実ならば、
トライポッドに言って消息を掴まねばなるまい。
確かにブラジオンならば、
あれを行えるだけの腕力がある。
もしそうだとしても、
奴自身が主犯というのではなく、
そいつらにつながっているとみるべき
だろう)
そしてキエンにつながっているとするならば、
ブレナンは仇敵への復讐を再開するこになるだろう。
キエン、もしくはその組織がクリサリスの死を命じたならば、
フィストは購うことになるのだ。
彼ら自身の血潮で。









 

ワイルドカード7巻 その11

       ジョージ・R・R・マーティン

             午後9時

アパートは店じまいした印刷屋を見下ろす二階にあった。
世紀を経た鉄骨作りの建物が川を遮るかたちで建っていて、
扉のところには、消えかけた判読しにくい文字で、
かろうじてブラックウェル印刷会社と読み取れる。
窓ガラスを透かして見ようとしたが、
灰色に塗られているかのようで、
中まで見えはしない。
両手をブレザーのポケットに突っ込んで、
ゆっくりと歩道を歩いてみると、
二階に上る通路は二箇所あることが見て取れた。
建物の後ろに鉄製の非常用の梯子が備えてあり、
窓の外の方にそいつを下ろして上っていけそうであり、
ベルを鳴らしてみることもできそうだ。
二階の窓からは明かりが伺える。
通りに面した方に回り込んで、鉄枠のドアを
見たが、こちらには呼び鈴といったものは
見当たらない。
親指で軽く突いてみると、
キーキー音を立てて、
鍵が外れたようだった。
こいつは都合がいい。
とばかりに中に入ると、
狭い階段の下にでたようだった。
室内には黴とプリンターインクの匂いが
漂っていて、
天井からは裸電球がぶら下がっている。
そいつを微かに揺さぶってみると、
蛾が離れて、回りを飛び回り、
電球が熱を放って明るく輝いた。
おそらく古い配線に対し電圧が強すぎて
負荷がかかっていたのだろう。
ともあれ灯りは無事点いて室内は充分
見て取れる。
蛾の一羽が電球に飛びついて落ちていき、
足元で燻りつつも、
まだまたたいているその羽が、
剥き出しの木の床に描かれた刺青のように
思える。
そいつを踏みしめると、
パリっと音を立て崩れていった。
(サーシャがこんな風に厄介ごとに飛び込んで
いなければいいのに)と考えながら、
上に続くドアが開けられて、
「上がってくるのかい」と声がかけられてきた。
それは女性の声で、ジェイにはそれが誰の声だか
わからなかったが、
彼でないことは間違いない。
上を眺めながら訊ねた。
「サーシャを探している」と。
そうして階段を上って行った。
かなり痛んでいるため、慎重に注意を払いながら、
「サーシャはいないよ」
すると二階に現れた女性が階段の一段に足をかけ、
微笑みながら応えた。
「ずっとあたし一人だよ」
そうして口を尖らせながら舌なめずりしているようだ。
赤いワンピース型下着を身に着けているが、
下着は履いていないようで、
黒く薄い恥毛が、その開いた脚の間から見て取れるでは
ないか。
肌はハイラムいうところのカフェオーレ色といった感じの
明るい茶色で、
背中に流されている髪は黒くもつれていて、
ワンピースよりも長く伸びている。
下の方はというと、ジェイがこれまで見たこともない見事な
ものであり、
「おいで」と声をかけてきた。
そして挑発的により強い口調で繰り返した
「おいでなさい」と。
ジェイは抗うように周りを見回しはしたが、
結局視線を逸らすことはできずにいて、
(そういえばジューブがいっていたっけな。
サーシャはハイチ人の娼婦だか男娼と同居してると)
飢えた目をして細い針をもった刺客の待ち構えて
いるのを予想していたものだったが、これは想定外の事態と
いえるだろう。
固唾を呑んで、ほぼ裸になった女性の姿を眺めていたが、
Ahその……」
ようやく言葉をついだ。
「サーシャは……」
「サーシャはあたしにあきたってよ。
あたい、Eziliエジリィっていうのよ」
そうして手を上げて示しながら微笑んだ。
「俺はジェイ・アクロイド、クリサリスの友人だ」
そして付け加えた。
「サーシャの友人でもある」そしてさらに続けた。
「彼と話さなければならないんだ、あの人のことを。
もちろんクリサリスのことだが……」
ジェイはそう言いながら階段を上って行った。
エジリィは耳を傾け、
頷いて微笑んでいる。
ジェイはあと二段というところまで近づいたところで
さらに頷き返した。
エジリィの瞳はその下着同様の色に輝いているではないか。
黒い虹彩の周りが紅く濡れた色で縁取られているのだ。
「その目は・・」思わず動きをとめて口に出していた.
エジリィが近づいてジェイの手をとり、
その脚の間に挿しいれた。
身体の熱が伝わってきて、
指には、そのコーヒー色の肌の下の湿り気が感じられる。
そうして指が中に入り込んでいくに従い、
彼女は吐息を漏らし始めた。
互いが溶け合うように感じる中、
彼女が最初の絶頂に達しながらも、
熱に浮かされたように手をはさんだ腰を振り、
それから飢えた子供のようにジェイの手を口のところまで
もっていき指を舐め、
そこに滴った液体をすすっている。
ジェイにはもはや言葉もない。
そうしてその瞳に沈んでいったのだ。

ワイルドカード7巻 その13

   ジョージ・R・R・マーティン

       午後10時
  

       「お眠り」
そう囁いたエジリィの声を聞きながら、
ジェイはすでに強い眠気に襲われていた。
なんとか抵抗しようと試みはしたが、
身体が柔らかいカーペットに沈み込んで
いくように感じる。
目は閉じようとし、
穏やかに漂っている。
ここに至り、どれだけ疲れていたかを
思い知らされることになった。
微笑みながら見下ろしているエジリィの
腹部の感触を手で感じながら。
灯りをつけようとすらしない。
それなのにカーテンの向こうに遮られている
筈の外にある街灯の明かりが感じられてならない。
エジリィの乳首は大きく暗くて、
ほろ苦く甘いチョコレートの味を思わせてならず、
手を伸ばし、脇腹に触れると、
エジリィの指が手首を掴んで、
「駄目よ」というが響いて、
「目を閉じて、お眠りなさい、坊や、
夢を見るの」という囁き声が重ねられ、
眉に口付けするのを感じ、
Ezili je rougeエジリィ・ジュ・ルージュの夢を」
という言葉を耳にしながら、
ジェイの一部はやばい状況だと騒ぎ、
一方で構わないとも思えている。
娼婦だとするなら、金が目当てだろうか。
またもやそれもどうでもよく思えてくる。
高くつこうとも、それだけの価値があるだろうと
思えている。
「一晩幾らだ?」
まどろみながらそう囁いていた。
エジリィが笑い声を立てている。
可笑しげでありながら、
明るくリズミカルに笑っている。
額をだらりと垂らし、
慰めるかのように指を動かしながら、
部屋は暖かくも暗く、
目を閉じると・・世界が流れていってしまうように思える。
ジェイに触れるエジリィの指は感極まったようで優しく、
それでいて小声で呟き続けている。
「一晩中、一晩中」と。
何かおかしいことを話しているかのように。
一方で開いたドアの向こうからも、
何か音が聞こえている。
さらさらいう衣擦れのような音が。
誰か他にいるのだろうが、
ジェイにはもはやどうでもよくなっている。
暖かい、眠りの海を、
漂って、沈みつつあるのだから、
おそらく今夜は、あの悪夢を見ることもないだろう。
そこで大きな音を立ててドアが開かれた。
「誰かいるのか?」と大声が響き渡った。
歩道からの灯りを顔に感じて、
意識が引き戻されてきて、
目の前に手をかざしながら、
ふらふらと起き上がると、
指越しに、ドアの傍に立っている男が目に入った。
Shitくそったれ」
そうこぼしながら、
自分がどこにいるかを思い出した。
エジリィは足元に崩折れながら、
フランス語で何かをがなりたてている。
ジェイにはフランス語はわからないが、
英語に近い言葉を拾い上げ、
その口調からだいたいの意味は掴み取った。
鈍い騒音に後ろを振り返ると、
今しも寝室のドアの陰から暗い人影が立ち去るところで、
(子供だろうか)そう思い。
(背骨の捩れた猫背の男かもしれない)
そうも考えもしたが、あの灯りではそこまではっきりとは見てとれず、
ドアはいきおいよく閉められてしまった。
「もう我慢できない」玄関口からも声が聞こえてきた。
それはかすれて震えた声だった。
エジリィが口角泡を飛ばし、フランス語でその声の主を詰っている。
「わからないんだ」そうして懇願しているではないか、
「もう待てない、キスしておくれ、必要なんだ、お願いだから」
聞き覚えのある声だった。
長いすに飛び乗って、
手探りでランプを探し、
ようやく明かりをつけることができた。
「結局わかっちゃいないんだよ」
それはサーシャの声だった。
「黙りな、うすのろ」
エジリィが英語でののしり返している。
サーシャがゆっくりと振り返り、ジェイの方を向いて、
「あんた」
その声を聞きながら、ようやく自分が裸であることを思い出した。
脱いだ服は部屋中に散乱しているではないか。
ズボンは長椅子の背にひっかかっていて、
トランクスはランプシェイドの上に掛けられたかかちになっており、
靴下と靴は見当たりはしない」
エジリィもまた全裸のようだ。
もちろんサーシャに目はないが、
それに問題のないことはジェイも弁えている。
「俺だよ」そう声をかけながら、
ランプシェイドのところのトランクスをひったくって履いたが、
何と声をかけたらいいか思いあぐねている。
(すまない、あんたと話があって来たんだが、彼女の尻があまりにも
魅力的だったもんでな)
いやそんなことが言えるはずもない。
ともあれサーシャはテレパスだから、
そんなことは先刻承知のはずだが。
「臆病者」エジリィはサーシャを罵り続けている。
「弱虫、なんであんたにキスしなけりゃならないんだい。
あんたにゃその価値すらない」
ジェイは幾分驚きをこめてエズリィを見ていた。
これもエズリィの一面なのだ、と思いながら。
おそらく娼婦が客に対してはけして見せない顔なのだろうが。
裸のまま、両拳を腰に当て怒りを顕わにして。
そこでジェイは、初めてエズリィの首に大きく無骨な茶色い瘡蓋の
ようなものがあるのに気付いた。
何か性病を患っているのではなかろうか。
例えばエイズのような。
そういえばエズリィはハイチ人だそうじゃないか?
どうにもバツの悪さを感じてならない。
「シャツはどこだったっけ?」
と搾り出した声には、思ったより怒りが滲んでしまったとみえて、
エズリィとサーシャが共にジェイに視線を向けてきた。
エズリィはまだフランス語でもごもご言っていたが、
裸足に気付いたのか、ベッドルームに入って、
バタンとドアを閉めたあとに、ガチャリと鍵をかける音が響いてきた。
サーシャは泣きそうな顔をしている。
(目はなくともそいつはわかるというものだ)
サーシャは沈むように椅子に掛け、
目がないながら、顔をジェイの方に向けて訊ねてきて、
「それで」苦々しさを滲ませて続けた。
「何が望みなんだ?」と。
ジェイはズボンと格闘しながらも、
どうにも居心地の悪さを拭いきれずにようやく言葉を
搾り出した。
「エルモを探している」
そう言いながら何とかズボンの間に脚を突っ込み、
チャックを閉めていると、
「皆エルモを探しているんだ」
そうサーシャがこぼしてきた。
サーシャがこんなに顔色を無くし、汗まみれで取り乱して
いるのをみたことがないほどだ。
「何か頼まれて出てったきり、戻っちゃこなかったぜ」
ヒステリー一歩手前といった甲高く感情的な声だった。
「戻ってこなくて幸いだった、そこにいたら吊るし上げを
くらっただろうからな」  
どうにも靴下が片方見当たらず、
見つかった方をポケットに放り込んで、
靴を履こうと長椅子に掛けた。
長椅子は新しく、ワイン色のビロードで革張りされており、
おそろしく高価に見える。
(そういえばこのアパートをじっくりと見たことはなかったな)
床は雪のように白いディープパイル地で覆われており、
見渡すとキッチンがあって、
銅板張りのポットに、青銅色の解凍機能付冷蔵庫と、
小さな部屋には不似合いな普通の二倍はありそうな大きな電子レンジが
あり、
リビングには手の込んだ図形が床から壁一面ぐるりを覆う高価そうな、
ジェイの知らない抽象画がかかっていて、
(おそらくハイチのものに違いあるまい)
左側にはロフトがあって細かく区切られた寝室が、
5つだか6つはあるようだ。
「ここは何なんだ?」困惑して訊ねていた。
「あんたにゃ関係ない」そしてサーシャは言葉をついだ。
「どうしてそっとしておいてくれないんだ?」
「質問に答えてくれたらそうするよ」
その言葉はサーシャの怒りに火を注いだようだった。
「いやだ・・もう待てないといったじゃないか。
出てってくれ、キスが必要なんだ……
いてほしくないと言ってるんだ、ほっといてくれないか?」
こんなサーシャを見るのは初めてだった。
「何があった?」そして訊ねた。
「何にかかわっちまったんだ?」
サーシャの怒りは落ち着いたのかくすくす笑いながら続けた・・
「そうとも、ワインより甘いキスだ」
ジェイは立ち上がってしかめっ面を返すと。
サーシャは激しい調子で繰り返した。
「エジリィはベッドだとたまらないものがあるだろうが、
付き合いが長い分、あんたじゃ俺の一晩には及ばない」
「サーシャ、あんたの夜の営みのことはどうでもいい。
エルモを探しださなきゃならないんだ。
俺の知らない情報がある。
そいつを聞き出すことで、
クリサリス殺しの犯人につながるかもしれないんだ」
サーシャはその細い鉛筆を思わせる口ひげを微かに振るわせて
応えた。
「誰が殺したかわかってるじゃないか?カードを残していったんだろ?
そうとも、あんたにもわかってるだろ、あいつだとも……」
サーシャの言葉に、何か違和感を感じながら応えた。
「たしかに死体の横にスペード、エースのカードはあったが、
だからといって、ヨーマンが犯人だという決め手もない、奴は……」
「奴だ」
サーシャが怒りで脚を振回しながら言葉を割り込ませてきた。
「ヨーマンさ、奴がやった、殺したのは奴だよ、ポピンジェイ。
そうとも、奴は戻ってきたんだ、あいつを見たんだ」
そこでジェイは聴き返していた。
「見ただって?」
サーシャは興奮を滲ませ頷いてから応えた。
「ブライトンビーチの、母さんの所だ。
奴は俺を探しに来たんだ、エルモも探していると言っていた」
「なぜだ?どうしてクリサリスを殺さなきゃならない」
サーシャは用心深く室内を見回してから、
誰も聞き耳を立てていないのを確信してから、
屈んで耳に口を寄せ囁いた。
「あの人は本名を知ってしまったんだ」
くすくす笑いながら続けた。
「聞きたいかい?知ってるんだよ。
それともこのまま帰っちまうか?」
「あんたも知ってるのか?」
サーシャは激しく頷いてから応えた。
「直接口にしはしなかったが思考が読めたんだ。
それと知ったら・・俺も殺されていただろうな。
どうだい?」
「教えてくれないか?」
「このまま俺から手を引いて、俺を煩わせないと約束
してくれないか、愛の営みを邪魔しないと……」
「約束しよう」
幾分いらだち紛れなジェイの言葉にサーシャはようやく
応えた。
「ダニエル・ブレナンだ、さぁ出てってくれ」
ジェイは一度振り向きはしたがドアのところに行き、
ドアを開け外に出ようとした。
その時サーシャは寝室のドアの前で膝をついて、
目のない頭を床にこすり付けて懇願し続けていた。
その魔性のキスを。

ワイルドカード7巻その14

       ジョン・J・ミラー

         午後11時


チッカディーはバワリーの中心に位置し、
その外装は質素で味気ない石灰が
用いられているのみで、
看板もなければ、店らしい天蓋もなく、
その存在を示すドアマンすら置いていない。
チッカディーは宣伝の必要のない、
口コミのみの店なのだ。
ブレナンは何も持たずに踏み段を上っている。
弓矢はレンタルボックスに預けてきた。
待合室には雄ゴリラを思わせるサイズの筋肉質な
ジョーカーがいて睨みをきかせてきて、
顔をよせてジーンズやTシャツの匂いを嗅ごうと
したが、
あまり待たされずにすみ、
中からドアが開いて招き入れられた。
(チッカディーを訪れる数多の客は概ね満足し、
ここを楽園とたたえるのだろうか)
そう考えながら中に入ると、
Twelve-Finger Jake十二本指のジェイクが
Greeting Parlor軽食パーラーの隅でピアノを
弾いていて、
J(ジョーカー)-ジャズと彼が呼んでいる、
12本の指を駆使して複雑なコードで超弱拍の
ミュージックを正確に叩き出している。
椅子やソファーにいる男たちは、ほぼ三つ揃いの
高価に思えるスーツに身を包んでいて、女性と
会話に興じている。
店にいる女性たちは人種や肌の色は様々ながら、
皆一様に美しいが、
ここがジョーカータウンであるからには、
何か変わったところがあるに違いあるまい。
そこでドアの脇に立っていたブレナンに、
ナットのホステスが近づいてきた、いや
少なくともガーターベルトにパンスト、
ハイヒールに身を包んだその姿は、
ジョーカーの特徴を覆い隠していて、
ナットに見える、というべきか。
ともあれチッカディーの女性たちは
一筋縄ではいかないといえよう。
「あら、こんにちは、私はLoliローリィよ、
何か御用かしら?」
そうかけられた声に、ブレナンは頷いて応えた。
「男を一人探している」
「女なら色々いるけれどね、白い肌、黒い肌、
茶色い肌の女も、男はちょっとねぇ」
「そういうのじゃなくて、友達を探しに来たんだ」
そして口早に付け加えた。
「レージィ・ドラゴン、っていうんだが」
「あら」ローリィが頷いて、
ブレナンの腕に腕を絡めて、
ヒップを押し付けてきた。
歩くたびに、シルクに覆われたその太ももが
ブレナンにこすりつけられてくるではないか。
「それだったらマリリン・モンローのマスクを
つけたほうがいいだろうな」
何とかそう応えたブレナンにローリィが応えた。
「それもそうね」と。
十二本指のジェイクの敏捷な指の奏でるリズムと
13人の女のさざめく声に50人はいる、おそらく
男であろう声が重なって、
幻惑わせられているように感じながらも何とか
パーラーを通り過ぎて、
階段を上り、通路を進んだところに、
ブレナンと同じメイ・ウエストのマスクを被った
二人のワーウルフに警護された二枚扉で閉ざされた
部屋があって、
ワーウルフの一人が声をかけてきた。
「何だ?」
それにブレナンは頷いて応えて、
「安心してくれ、ドラゴンに用事があるんだ」
と言葉を継ぐと、
「あんた一人でか、どうなんだ」
ブレナンは肩を竦めて応えた。
「俺はどちらでも構わんが」と応えると。
ワーウルフがぶつぶつ言っていたが脇にどいて、
ブレナンとローリィは中に入れた。
中には大きな部屋が広がっている。
内装は想像通りの豪華なもので、
壁の半分は金と銀のペイズリー柄の壁紙が
張られていて、残り半分は鏡張りになって
いて、
実際よりも室内を広く見せている。
ふかふかの長椅子に、ずんぐりした
クッションが載っていいて、
店中に散らばっている長椅子は店の女や、
壁同様に洗練されたスーツに身を包んだ
男達で全て占められていて、
その一つには物憂い表情の裸の女性が
横たわっており、
女性の身体、豊満な胸、つややかな脚、太ももの
間のつなぎ目、そして長椅子には、コカインと
思しき粉がラインを描いていて、
男達が群がり、鼻を鳴らしている。
他にはトレイを持った女性もいるが、
そのトレイの上には飲み物と、
粉や錠剤の入った小さな銀色のボウルが
載せられているではないか。
そこでローリィが、
「また後でね」と言いおいて
すぅっと放れていった。
レージィ・ドラゴンは店の隅に掛けていて、
茎の長いグラスを持ってちびちびやっていて、
ブレナンが見ていると、
綿毛に被われた細身の黒い女から白い粉を
薦められても断っている。
「何の用だ?」そして近づいてきたブレナンに
そう声を掛けてきた。
ドラゴンは若い、東洋系の小柄でありながら
良く搾られた身体の男で、
紙を折って動物を作り、
それを生きているように操る能力をもった
エースだが、
面白くもない、といった面持ちを崩さない。
「あんたはやらないのか?」
ブレナンの言葉に肩をいからせて、
立ち上がりかけたが、
椅子に戻り腰を落ち着けて尋ね返した。
「こんなところで何をやっているんだ、
カウボーイ」と。
それはブレナンがかつてフィストに潜入
していたときに使った名だった。
ブレナンは肩を竦め応えた。
「愉しいパーティーのようだな。
お開きになってないのが残念だが」
そうしてドラゴンに視線を据え訊ねた。
「どうなってるんだ」
ドラゴンはたっぷりと間をおいてから応えた。
あいつだよ」視線で、背が高く痩せぎすの
やつれたと言った感じの、
白いリネンのズボンにジャケットとシャツを
合わせた装いの男を示して続けた。
Quinn the Eskimoクイン・ザ・エスキモー、
本名はトーマス・クインシーで、シャドー・
フィストの科学部門のトップだ。
特殊な効果を及ぼす合成麻薬の開発を専門に
している男だ」
「新製品を試したか?」
そうブレナンが訊ねると、
ローリィがクインの傍にいき、彼と話しているのも
ブレナンの視界に入ってきた。
クインは微笑んで、
青い粉の入った小瓶を渡していて、
ローリィはそれを吸い込んで、
胸を揉みしだき始め、
粉同様の青い色に変わっていったではないか、
クインとその周りの男達はそれを見て微笑んでいたが、
その内の一人がクィンに促され、ローリィの胸に吸い付くと、
ローリィは目を閉じて壁にもたれ、
達したようだった、強烈なオルガズムに、
「何が起こったんだ?」そうブレナンが訊ねると。
ドラゴンは肩をすくめて応えた。
「新製品のデモンストレーションといったところだろうさ。
客もそいつを見に来ているんだ。
それで何の用があってここに来たんだ?」
ブレナンはドラゴンに視線を向けて応えた。
「友達が殺されたんだ、ドラゴン、聞いているだろ?」
「クリサリスか?」
ブレナンは頷いた
「この街のフィストが絡んでのいざこざだと聞いている」
ドラゴンは首を振って応えた。
「フィストに殺す理由はないと思うがな」
「あんたにも仁義はあるだろうし、話せないというなら、
他の人間に聞くまでだ、例えばフェイドアウトとか」
「そいつはお勧めできない、あんたは奴によく思われちゃ
いないからな」
ブレナンは肩を竦めて応えた
「それならそれで構わない」そして続けた。
フェイドアウトが応えるか・・さもなければフィストが
血で購うことになるだけだ」
ドラゴンがゆっくり立ち上がり、注意深く囁いた。
「ここでは勘弁してくれないか、
これでも俺はここのセキュリティーチーフなんだ」
ブレナンはメイ・ウエストの仮面の奥で微笑んで、
そして応えた。
「俺もあんたを標的にはしたくない。
だからフェイドアウトに、話がある、とそう伝えて
くれたらそれでいい」
互いに視線をそらせずにいて、
ブレナンは視線を据えたまま、そのまま部屋を出ることに
なった。
するとワーウルフの一人が声をかけてきた。
「それでどうなった?
誰か連れて行かないのか?」
「そうだな」ブレナンはそう応え、同時に
マスクをとって見せ、そいつに放ってよこした。
マスクを抱えて目を白黒させているワーウルフ
ブレナンは続けた。
「連れて行こうか?」
「どうした」もう一人のワーウルフが怒りをあらわに
つっかかってきた。
「俺も見ただろ」
「それもそうだ、あんたも殺さなければ公平じゃないか」
ワーウルフは身の危険を感じながら、
ブレナンが出て行くのを見守っていた。

そうして祈らずにはいられなかった。
あれが誰の顔だか知らないことを。
そうすれば、
見なかったことにしておけるだろうから、と。

ワイルドカード7巻 その15

                ジョン・J・ミラー
               1988年7月19日
                  午前2時


地下は淀んだ空気の吹き溜まりであり、
カビと腐臭で満ちている。
そこはクリサリスによって、パレスの秘密の入り口として造られたが、
使われなくなって久しく、
ブレナンの持つ懐中電灯の放つ光のみの暗闇と、
パレスに向かうブレナンの立てる稀な音のみの静寂。
それだけに支配されている。
一度通ったのみで、
そこで蠢く音をかつてブレナンは確かに聞いたように思えたが、
クリサリスが語りはしない以上それまでで、
今はその好奇心を満たしている余裕はない。
地下道は建設途中のトンネルにつながっていて、
そこから暗い地下貯蔵庫につながっている。
そこにはアルコールの入ったケースが積まれ、
大量のアルミニウム製ビール缶に、ポテトチップに
プレッツェル、ポークリングといったジャンクフードの
詰め込まれた段ボールで満たされており、
ブレナンはその間を縫って音も立てず進み、それから
上に上がるとパレスの一階に出て、
ブレナンはそこで待っていた。
見えも匂いもしないが、ともあれパレスに何者もいない
ことを確認してから、
通路に出て、クリサリスのオフィスを目指し、
そのドアの前に立ったが、
どうにも中に入るには気が進まない。
そこの壁にはクリサリスの血が飛び散ったのに違いなく、
クリサリスの死んだことは疑い無いとわかっているというのに、
クリサリスは多くの秘密を抱えてはいたが、
臥所を共にしたブレナンには共にする秘密が幾らかあった。
そのクールな外見の下には孤独な女性がいたということだ。
その孤独な魂を愛していたわけではないが、愛せたのではないか
という思いはある。
その思いが、
古傷を開き血が流れるような痛みを伴って蘇ってくる。
クリサリスのオフィスの暗く静寂に満ちて魅惑的なさまが
思い起こされてくる。
床には高名な東洋のカーペット、そして床から天井までを
占める壁にはクリサリスのいつも読んでいた
革張りの本で埋められた本棚が、
硬い樫と革に覆われた家具があって、
暗い紫のヴィクトリア調の壁紙も張られていて、
室内は、クリサリスの纏っていたエキゾチックなフランジパニと
よく飲んでいたアマレットの香で満ちていた。
平和そのものといった室内が、
死と破壊で塗りこめられてどう変わったか見たくはないが、
見なければなるまい。
息を深く吸って整え、
ドアの前に張られたテープを剥がし、
オフィスに入った。

そこに広がる光景は想像を越えていた。
大きな樫のデスクは部屋の真ん中まで移動していて、
黒い革張りの椅子は砕け散り、
壁を覆う本棚は壊れ、本が床に散らばっていて、
客用の椅子も叩きつけられたようにばらばらになり、
木製のファイルキャビネットはひっくり返され、ファイルが
床や壊れた家具の間にばらまかれている。
ことにひどいのは飛び散った血で、
壁紙のところにはかろうじて見える程度ながら、
普段座っているデスクや椅子のある場所の壁、
その低い場所にまで跳ね飛んでいるのだ。
その破壊されたさまを目にしたブレナンの内に
怒りが湧き起ったが、
その怒りを抑え、
胃の辺りにまで押し込め、
針のようになるまで努めた。
今は感情に溺れているときではないのだ。
それを搾り出すときが後でくるだろう。
今は冷静と冷徹な知性が必要なのだ。
まだ何が重要な証拠だかわかりはしないが、
後で組み合わせることができるようにと、
全てを可能な限り記憶することにした。
そうして室内を記憶に留め、
そこを後にすることにした。
街路の下を通るトンネルでといえど誰にも
見られるわけにはいかない。
新鮮で綺麗な空気が恋しくてならない。
町に出ればそれらが溢れているだろう。
地下の出口につながる階段に向かおうとした
ところで、何か物音を耳にした。
声、というか囁き声が前方の暗い吹き抜けから
響いてくるではないか。
「ヨーマン」そうはっきり聞き取れた。
背筋を這い伝うように声が響いてくる。
「待っていたのよ、私の部屋に来て、
そこで待っているわ、私の狩人を」
それはあの人の声だった。
クリサリスのほぼ英国風のアクセントそのものだ。
しばし立ち尽くしていたが、
もはや闇の中に何も動く音がせず、何者がいるのも感じられない。
ブレナンは幽霊などというものを信じてはいないが、
ワイルドカードならばあらゆることが可能となる。
もしくはクリサリスが殺されていないということもありうる。
全てが手の込んだ詐術であり、何か深い事情があって、
クリサリス自身によって仕組まれたということもありうるではないか。
何であれ、確かめねばなるまい。
腰のホルスターからブローニングハイパワーを抜き出して、
猫のようにしなやかに音を立てず、上階を目指した。
クリサリスの寝室のドアは開け放たれている。
jamb脇柱の陰から室内を伺うと、
中にはすでに先客の姿があった。
侵入者が何かを探しているようで、
室内がどうなろうが構わないとみえて、
天蓋付ベッドはひっくり返され、
マットレスはずたずたにされている。
ヴィクトリア朝の額も風雅に縁取られた鏡も
壁から剥がされて、
銀色の欠片が砕かれて床に散らばり、
いつもナイトスタンドの脇にあったデカンターも
割れて床に散らばっていて、
そこにはフェンシングの面をつけた姿が覆い被さる
ようにいて、ブレナンが不意をついて室内に入り、
そして損なわれたベッドにまで進むと、
クリサリスが衣装ダンスとして用いている
ウォークインクローゼットにその巨体を
突っ込んでいるところだった。
その顔は繊細で美しくありながら、
ひどい痛みが張り付いたようにも見える。
床にまで届く黒い外套の下の巨体は歪で
ずんぐりしており、
その下に何かが蠢き、
腹や胸のある辺りが捩れのたうち、
まるで蛇で満たされているように思える。
侵入者は少しの間動きを止めて、
銃を構え視線を向けているブレナンを
見つめ返した。
「オーディティだな」
そこでようやくブレナンが舌鋒を切った。
「誰だ貴様?」
「知らないとは思うが、ヨーマンと呼ぶがいい」
しばしの沈黙の後、オーディティは応えた。
「皆知っている、ここで何をしている?」
「俺もそいつを聞きたいのだがね」
「皆で探している」
そこでようやくブレナンは表情を歪め警告の言葉を
発していた。
「そのぐらいにしておけ」と。
「何だと?それは警告か?」
ブレナンは銃を向けたまま彫像の如く身じろぎもせず、
氷のような言葉を搾り出した。
「警告などではない、友人の寝室に押し入っている奴が
いて、そいつが友人の死にかかわりがあるかもしれないと
して、
そいつが口を割らないとしたら、
警察に引き渡しはせず、
殺すこともありうる。
それだけのことだ」
「やってみろ」
オーディティがそう応えたがブレナンは何も応えずにいると・・
女の声がため息を漏らした。
「クリサリスの死になど係わりはないし、知りもしない、
探し物があるだけだ、そいつでクリサリスが脅迫していた、
警察が見つける前にそいつを取りに来ただけだ……」
ブレナンは疑わしげに応えた。
「脅迫だと?金が目当てだというのか?」
オーディティは頷いて返したが、
突然の傷みに喘ぐように顔面を歪め、
膝をつき、腕で腹を押さえながら、
再び顔を上げた。
痛みに叫ぶような表情のままで、
「Christ何てことだ」
ブレナンはそう呟かずにはいられなかった。
オーディティは激しく抑えきれない痛みを抱えているが、
ブレナンにはどうすることもできはしない。
そこで憐れなジョーカーに手を延ばしたが、
その手は振り上げられたオーディティの手によって払われて
しまい、


そうして様子を見守っていた。
女の顔が喉の辺りにまで移動して、
背中から移動してきた他の、
黒ずんで筋張った顔に代わるのを、



そうして新たな顔が、
疑いの目を向けている。
まだ移動しきらないまま、
まだ呻き終えないままに、
ブレナンはジョーカーが立ち上がり,
ベッドの傍の脚を掴み投げつけるのを
予想して、
それを避けつつ弾丸を叩き込んでいた。
急所に当たったとは思っていなかったが、
やはりゴールを目指すフルバックのように猛烈な
勢いで突進してきた。
おそらく板を叩きつけたような衝撃のあろうタックルを
かわし、強力な相棒をその胴体に叩き込んだ。
そこでか細く思える腕に掴まれたが、
その腕は見た目よりも遥かに強く、
壁に叩きつけられることになった。
衝撃が歯に響き背中が痛んでならない、
銃を床に落とし、転がすことになったが、
装飾の施されたナイトスタンドを何とか掴み、
力の限りオーディティにぶつけていて、
スタンドは砕けたが、
手は震え、握ることもままならない始末だ。
オーディティはというと全くこたえていないとみえて、
ブレナンを再び掴みにかかってきた。
ブレナンはその手を掻い潜っていたが、
手が痺れ、感覚が戻らない。
そうしているうちに背中に壁を感じたところで、
オーディティが怒りに顔を歪ませて迫ってくる。
再び腕を振り上げたところで身を捩り、
壁にそって動いて、
その一撃をかわすと、
肩に近いところの壁に空洞を刻むことになった。
ブレナンは横に動きながら、
かつて天蓋の一部であった支柱を掴み、
大きすぎるが野球バットのイメージで振り下ろし、
丁度腎臓の上辺りを激しく打ち据えることができた。
痛みより強い怒りでオーディティは咆哮したが、
ブレナンは再び柱を投げつけ、砕けるに任せた。
「Christくそっ」
ブレナンはそう悪態をつかずにいられなかった。
オーディティが腕を掴み捻りにかかってきたのだ。
感覚のないことはわかっているが、
何とか身を捩ってかわし廊下に出た。
背に炙るような痛みを感じながら、
「逃がすものか、この野郎」「逃がさない!」
オーディティが叫んでいるが、
その声ははっきりと聞き取りづらいものだった。
おそらく二人だかが争っているのだろう。
ブレナンは深く息をして呼吸を整え、
その場を離れることにした。
(骨は折れていないが、背中は打撲しているだろうし、
直るのを待つというわけにもいくまい。
騒ぎに気づいた警察も駆けつけてくるだろうから)
階段を上り、屋根に出て、
そうしてオーディティの言葉を反芻しながら思わずには
いられなかった。
(クリサリスは情報の対価を戯れに要求することはしても、
金品のために他人を脅迫することなどけしてなかった。
それなら何故オーディティは嘘をついたのか?
それならばクリサリスのクローゼットで、
本当は何を探していたというのだろう?)と。